話は少し変わるが、陛下と雅子さまの好きな言葉に「研鑽(けんさん)」がある。平成最後のお誕生日にあたって雅子さまが文書の中で使い、陛下は即位後朝見の儀の「おことば」で使った。お二人の生真面目さがよく出ている言葉だ。

 この生真面目さは「優等生ゆえの無難さ」につながると思う。が、今回の長官の発言を聞き、「生真面目さゆえの大胆さ」だと思った。本当にこのまま五輪を開いて大丈夫だろうか。この疑問、多くの国民が普通に感じていることだろう。その普通の感覚は陛下も共有しているに違いない。陛下のアプローチの手法は「真面目」だから、結論は「疑問の表明」になったのではないかと思う。つまり「普通+真面目=大胆」。

■「拝察」はどう届いたか

 コロナ禍で外出ができなくなり、陛下と雅子さまは赤坂御所にコロナ禍に関連する専門家を次々と招いた。そして、お二人並んで、話を聞いた。これこそが令和流だと思う。だから今回の大胆さは、「普通+真面目=大胆」ではなく「普通+真面目+真面目=大胆」だとも思う。

 今回の「大胆さ」で思い出したのが13年10月、美智子さまがお誕生日にあたって公表した文書回答だ。最初の質問で美智子さまは、「5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます」と答え、「五日市憲法草案」について語った。基本的人権の尊重などが書かれていることに触れ、「市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして、世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」とまとめた。美智子さまの価値観が伝わってくるものとして話題になった。

 ちなみになのだが、この時の宮内記者会からの質問はこうだ。「東日本大震災は発生から2年半が過ぎましたが、なお課題は山積です。一方で、皇族が出席されたIOC総会で2020年夏季五輪・パラリンピックの東京開催が決まるなど明るい出来事がありました。皇后さまにとってのこの1年、印象に残った出来事やご感想をお聞かせ下さい」

 それから8年、五輪が開かれる。安心、安全と語るばかりの菅義偉首相に、長官の「拝察」はどう届いたのだろう。(コラムニスト・矢部万紀子

AERA 2021年7月5日号より抜粋

著者プロフィールを見る
矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

矢部万紀子の記事一覧はこちら