二枚目も三枚目も演じたが、どんな役柄でも「田村正和」を貫き、絵空事をさらりとリアルに見せてくれた/2007年3月15日、東京都内 (c)朝日新聞社
二枚目も三枚目も演じたが、どんな役柄でも「田村正和」を貫き、絵空事をさらりとリアルに見せてくれた/2007年3月15日、東京都内 (c)朝日新聞社

 端正なマスクで幅広い役を演じてきた俳優の田村正和さんが4月に死去していた。田村正和とは何だったのか。時代背景と重ねて考えた。AERA 2021年5月31日号に掲載された記事を紹介する。

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 5月19日の「徹子の部屋」(テレビ朝日)は、「緊急追悼 田村正和さん」になった。過去3回の出演シーンがダイジェストで流され、初回は1993年。当時49歳の田村さんを黒柳さんは「トークショーは本当に初めてお出になる方、そして大変に人気のある方」と紹介、ちょっとはしゃいでいた。

「つまらない男です」

「喜劇」が人気だと黒柳さんが言うと、そういう面を持ってるのでしょうね、と返した。「普段は?」という質問に、田村さんはこう答えた。「つまらない男です」

 これを「かっちょいいー!」と評したのは、故・ナンシー関さんだった(「週刊朝日」93年2月19日号)。彼がドラマで体現する「ステキ」を自分はそう表現することにしたとし、「この忸怩(じくじ)たる思いをご理解いただけましたでしょうか」と書いていた。

 はい、理解できます。そう心でつぶやいたのは、私が彼女と同世代だから。男性の「ステキ」問題に取り組みがちな年頃が、バブル期にばっちり重なった。人生におけるはしゃぎ期が、日本のはしゃぎ期と重なる。その気恥ずかしさをナンシーさんは、田村さんを通じて同時進行で表現した。そう理解し、ナンシーさんの慧眼(けいがん)をしばし思う。

 田村さんが亡くなったと知り、真っ先に思い出したのは「リバーサイドホテル」だった。主演ドラマ「ニューヨーク恋物語」(フジテレビ)の主題歌で、歌ったのは井上陽水さん。放送された88年以降、しばらくカラオケといえばこの曲だった。「ホテルはリバーサイド、川沿いリバーサイド」と歌い、外に出るとタクシーはいない。バブルという日常。

 延べ2カ月半にわたるニューヨークロケ、通常の3倍の制作費とされるこのドラマは、往時のフジテレビそのものだと思う。描かれたのはひたすらモテまくる田村さん、いや主人公・田島。途中アルコール依存症になったりもするが、ラストシーンで「アマポーラ」を歌った。愛しているのに別れる。だから岸本加世子さん演じる女性を抱きしめ、踊りながら歌った。

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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