先の女性は、香港社会に厭世観が広がっているという。

「みんな落胆したり諦めたりしています。いくら中国政府への反抗意識が高くても、ここで生きていかなければならない。仕事や住む場所が必要なんです。でも、現実は厳しい。コロナ禍で収入が減ったり、仕事を失ったりした人はとても多い」

 多くの香港市民は中国政府に反発し、「自由と民主」を希求している。それをデモや集会など具体的な行動で示すと、必ず逮捕・投獄されてしまう。だから、香港の中ではおとなしくしているのだ。

 たとえ今は沈んでいても、デモがもたらした若者たちへの影響は変えられない。

 10代の女子学生は言う。

「あの200万人デモを経験して、香港人は変わったと感じたし、私自身も変わりました。個人主義的な人が多かったのに、仲間や隣人のことを思いやるようになった。運動を通して自分が経験したことのすべてを記録し、いつか発表したいと思っています。私は諦めていません」

 だが、そんな彼女の意志すら、当局は踏みつぶそうとしている。中国政府は勇武派で活動していた学生らへの「若者狩り」を続けると同時に、高校・大学など教育現場への統制を強めている。

 30代の自営業男性は、長い闘いになることを覚悟している。

「この先、数年の間に香港の民主化をなすのは無理だとみんな理解しています。これほどまでに、市民的・政治的自由が奪われた状況では、習近平をトップとする中国共産党が弱体化しない限り民主化は不可能。その可能性を得るのは10年以上先になるでしょう。なので、友人らはみんな海外に出ようとしています。それでも私は香港に残ります。中国政府に反抗する意思のある人間が香港にいるということ、それが闘いになるのです」

(ジャーナリスト・今井一)

AERA 2021年5月3日号-5月10日合併号より抜粋