「いい加減にしてくれ! 君は誰のためにやっているんだ。僕のことなんて見てないじゃないか。お願いだから病気を、治療を、科学を理解してくれ」

 轟さんは驚きのあまりに自宅を飛び出し、街を一晩中さまよった。夫に寄り添っているつもりが、寄り添ってくれていたのは夫のほうだった。彼は「妻に後悔が残らないように」と無理をしていたのだ。自分の愚かさをただ噛みしめるしかなかった。

「夫を失いたくないという一心で頑張っていたつもりでしたけど、実際には私は自分がやりたいことを次々と試していただけだったんです」

 轟さんは夫が望まない民間療法はやめ、今度こそ本当に彼に寄り添おうと決心した。スキルス胃がんの患者会設立に向けて動き始めた夫に協力し、14年10月に「希望の会」を発足。その後はNPO法人となり、夫の他界後は彼女が理事長を引き継いだ。夫は亡くなる20日前まで講演活動を続けたという。「彼は社会に爪痕を残そうとしていました。彼が命をかけた活動を共に進める日々は、まさに二人三脚でした。その人の考えを尊重し、信じて、見守ること。転びそうになったらさっと支える。それが本当の意味で、寄り添うことだと学びました」

 困っている相手がいたら、助けてあげたい、力になりたいと思うのは自然な感情だ。だが、それを相手が望んでいない場合は、ストレスを与えることになる。前出の谷島さんは、病気に向き合う人に接する際の心構えを、次のように話す。

「自分がしたいことではなく、相手のストレスを取り除き、望むことの手助けをする。がんだけでなく、すべての病気や人間関係において、言えることではないでしょうか」(谷島さん)

(ルポライター・荒川龍)

AERA 2021年4月12日号