そんな中、注目されているのが、タイ出身で今もタイに暮らすラッパーのジュウ(Juu)だ。ジュウこそは、地元タイの新しい音楽カルチャーの中で、メジャー資本に頼ることなくDIYで活動の歩みを進める今一番の注目アーティストと言っていい。

 日本を含めた世界規模ではまだまだこれからの人だが、本国タイのヒップホップシーンでは重鎮のような存在。若い世代からもリスペクトされている。1980年、バンコク旧市街であるバンカピ区クローンチャン出身のジュウは今年41歳。ロック好きだったという父親の影響でギターを弾き、ヒップホップが流行し始めたら自らもラップをしてみるなど、のびのびと音楽文化に触れていったという。

 決して豊かな環境ではなかったようだが、ジュウは家族や仲間たちとの生活を謳歌しながら、伝統的なルークトゥンという音楽にも親しんでいたという。タイには古くから年長者を敬う風習があり、歴史ある文化財産へのアプローチも柔軟だ。一方で、もちろん若い世代ならではのパッションもストリートにはある。そうした温故知新のスピリットがミュージシャンとしてのジュウを開かれた存在へと導いたのかもしれない。

 実際にジュウは、タイ語、英語、クメール語、日本語などを駆使してラップしている。スタイルも手法も自由なので、地元の友人たちだけではなく、日本のラッパーやミュージシャンとも親しい。2019年の前作「ニュー・ルークトゥン」はstillichimiya/OMKのYoung-Gがほとんどのトラックを制作、そのstillichimiyaの面々や鎮座DOPENESSといった人気ヒップホップアーティストたちが参加し日本でも大いに話題となった。

 「僕は様々なジャンルの音楽を聴くのが好き。タイの伝統音楽はタイで暮らしていれば日常的に耳に入るけど、知らない音楽と出合ったら調べて勉強する。かつて、タイにもあったタワーレコードにずっと入り浸っていたこともありますよ(笑)。僕には古い音楽も新しい音楽も変わらない。それらが混ざり合うことが特別なんです」

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