本業は写真家だが、川内さんの余韻のある文章は静かに心に届いてくる。ふたつの仕事を続けてきたことが、創作に良い影響を及ぼし合っているようだ。

「文章を書くことは写真作品を作ることに似ていますね。どちらも自分の中の無意識を掘り下げていく仕事だし、それを見つける作業でもあります。自覚がなかったことでも、撮影したり文章化したりすることで気づく。自分の考えを整頓して、立ち止まって考える。それが自分にとって必要なのだと思います」

 写真で得られる気づきと文章を書くことで得られる気づきとは少し違うという。使う写真を選んで眺めていると1行目が決まる。書きあぐねるとまた写真を眺める。それを続けて書かれた本書は、読者もそのように行きつもどりつしながら繰り返し味わえる一冊である。(ライター・千葉望)

■丸善丸の内本店の高頭佐和子さんオススメの一冊

『死ぬまでに行きたい海』は、人気翻訳家の非凡な感性によって紡がれた紀行エッセー。丸善丸の内本店の高頭佐和子さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

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 人気翻訳家による異色の紀行エッセーである。紀行といっても、遠い国や地域を旅した体験はあまり描かれない。超がつくほどの出無精であるという著者の「旅先」の多くは、子どもの頃住んでいた町や以前に勤めていた場所など、半日もあれば行くことのできる近場である。凡人ならば「懐かしい」の一言で終わってしまう出来事だが、岸本氏の妙な記憶力と非凡な感性によって紡がれた文章は、読者を不思議な世界に誘う。現在が過去と、思い出が妄想めいたものとリンクし、現実と非現実の境目が曖昧(あいまい)になっていくような感覚に包まれる。

 読み終わってふと気がつくと、記憶の中にあるけれど本当にあったのかわからない場所のことや、つらかった時代や二度と会えない人々のことが次々に思い出されて、泣きたいような、笑いたいような気持ちになっていた。

AERA 2021年1月25日号