テレビやコマーシャルフィルムでのキャリアを経て、1990年に長編映画監督デビューした。デンマーク映画シーンを牽引(けんいん)するムーブメント“ドグマ95”として発表した「幸せになるためのイタリア語講座」(00年)は、ベルリン国際映画祭銀賞など数々の賞に輝いた。問題を抱えた人々が語学講座を通して出会う物語で、本作と同様、現代社会に失われつつある人の絆の貴重さがコミカルに描かれている。いずれの作品も観る者の心をほんのりと温めてくれる。それが彼女の映画の魅力と言えるだろう。

「映画には自分の価値観が反映されるという点で、強い責任を感じる。デンマークで作られる映画は予算が小さいけれど、だからと言ってちっぽけなテーマの映画を作らなければならないということはない。大きなテーマ、大きな闘争を、小さな予算でも取り上げられるのではないかと思う。観てくれた人に価値をもたらすような作品を作っていきたい」

◎「ニューヨーク 親切なロシア料理店」
クララと子どもたちは、人々の助けによって再び人生を取り戻す。12月11日から全国順次公開

■もう1本おすすめDVD「偽りなき者」

 同じデンマークのトマス・ヴィンターベア監督は、名作「セレブレーション」(1998年)で知られる。マッツ・ミケルセンがカンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞した「偽りなき者」(2012年)の主人公は、住民全員が知り合いのような小さな町の幼稚園に勤めるルーカスだ。ある日、園児に大人気の彼に思いを寄せる女子園児の発言により、性的虐待の容疑で逮捕されてしまう。無罪になったものの、町の人々は彼を有罪と決めつけ過酷な仕打ちをする。彼は一人孤独に耐え、真実を主張し続けるが──。

 家族のように親しかった友人や住民たちが、手のひらを返したように敵意をむき出しにしていく。信頼や友情のもろさ、子どもと性犯罪をとりまく環境の危うさ、善悪白黒つけがたい人々の行動などについて深く考えさせられるストーリーが心を打つ。

 ハリウッド映画にも進出し、いまや世界的な人気を誇るマッツ・ミケルセンの演技が最高に光るのは、デンマーク映画だと痛感する。ヴィンターベア監督の最新作「アナザー・ラウンド」(20年/日本公開未定)も再びミケルセン主演で、中年男性の友情とメンタリティーが描かれる期待作だ。

◎「偽りなき者」
発売元:キノフィルムズ
販売元:KADOKAWA
価格4700円+税/DVD発売中

(ライター・高野裕子)

AERA 2020年12月14日号