批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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コロナの「第3波」がやってきた。新規感染者は連日2千人を超え、ふたたび「不要不急の外出を控えろ」との声が聞かれるようになった。
コロナの特徴は無症状者の媒介で感染が広がっていくことにある。感染者自身に自覚がないのだから制御は原理的に不可能で、社会活動が活発になれば当然感染者も増える。
逆に感染を減らそうとするならば、社会活動全般を抑制するほかない。社会か感染かの厄介なジレンマを抜け出すためには、特効薬やワクチンが開発され、感染のリスク自体が小さくなるのを待つほかない。目の前の感染者数に振り回されて政策も世論もコロコロ変わる、そんな不安定な世界にしばらく付き合わざるをえなさそうだ。
そのなかで必要なのは、変わる「空気」に左右されず、粘り強く日常を続ける心構えだろう。いまは感染者が増えている。だから不安が広がっている。しかし来月や再来月の状況はわからない。むろん感染爆発の可能性はあるが、逆にGoToブームが再来している可能性もある。その両方を見据えて計画を立てないと足を掬われてしまう。中小企業や個人事業主はとくにそうだ。
命がなければ日常もないのはたしかだが、日常を破壊する代償は大きい。日本では10月の自殺者数が2153人と急増した。とくに女性が多い。増加傾向は7月から始まっており、コロナ禍による不安や経済的苦境を反映していると考えられる。
他方で日本対がん協会の調査によると、今年1月から7月までのがん検診受診者は前年同期実績の半分以下にとどまっているという。こちらも数年後には死亡者数増加につながるだろう。出生率の低下や認知症の増加も話題になっている。
春に「接触8割減」が謳われたときは、1カ月ほど我慢すれば日常に戻れるとの約束があった。その約束は果たされなかったし、そもそも無理だったことをいまはみな知っている。私たちはこの新たな状況で、いかに日常を守り続けるかを考えなくてはならない。「いまだけ不要不急を我慢してくれ」と呼びかけて済む時期は、終わったように思う。
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2020年12月14日号