■目の前にどんどん目標
「会場に入ってから僕が、右回りが不安定で考えすぎてしまいました。技術というよりはメンタル。課題が見えました」
村元は高橋をこう評価した。
「今日の大ちゃんは70点くらい。怪我無く終えられて満点と言いたいところですが、最初から最後まで、大ちゃんだけでなくお互いミスがあったので」
すると高橋は返す。
「本当は30点くらい。100点満点をもらわなくてよかった。自分自身でも、まだできる、修正できると思っていますから」
得点は総合157.25点で、3組中3位。周囲の期待は、もっと衝撃的なデビューだったかもしれない。しかしアイスダンスという、シングルとは異質の競技の関係者からすれば、“新参者”がここまで評価されたことは、異例のことだ。
「本当にアイスダンスの全部が難しいです。今まで何げなく見てきた競技ですが、かなりアイスダンサーを尊敬しています。僕の知らない世界が開けていて、わからないこと、できないことをどう乗りこえてゆくか、目の前に目標がどんどん出てくる。シングルに復帰した2年目は、練習で身体が思うように動かなくて、このまま続けていていいのかなと精神的に難しい部分もありました。でも今は、モチベーションが湧いて、乗りこえることだけを考える日々です」
少年のように輝く目で高橋が語る。それを受け、村元は表情を引き締めて言った。
「これは第1ステップの試合で、全日本選手権、そして北京五輪を目指しています。チームとしては始まったばかりで、どういうチームになるのかワクワク感がある。マリーナコーチも『世界に新しい風を起こしてくれるダンスチームになる』と言ってくれているので、それを信じて練習あるのみです」
■五輪の表彰台目指せる
試合翌日のエキシビションでは、美しいバラードを2人で踊った。競技のルールから離れ、それぞれの滑りを生かして自由に表現をぶつけあう。アイスダンスらしい滑りというよりは、2人の表現者による心の交流といった世界観。スピード感も伸びやかさもあり、2人のポテンシャルが爆発する演技だった。
今はまだ、アイスダンスの様式美にはめようとすると、高橋が存分に能力を発揮できていないだけだろう。アイスダンスを知り尽くすズエワは語る。
「大輔のスケートには、自然な心からの表現があります。ダンスらしい滑りの質が表れてくるのは14~16カ月後。毎日練習していけば、本気で北京五輪の表彰台を目指すことができます」
プロの目には、来年4月頃に高橋の“脱皮”が訪れるという計算。進化の過程を見守りたい。(ライター・野口美恵)
※AERA 2020年12月14日号