「書くなら、いまだ」加藤シゲアキが“恐れながら”も最初で最後の恋愛小説を書いた理由 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「書くなら、いまだ」加藤シゲアキが“恐れながら”も最初で最後の恋愛小説を書いた理由

古谷ゆう子AERA#読書
※写真はイメージ(gettyimages)

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 一方で、10代半ばから後半の頃に抱くモヤッとした不安みたいなもの、部活や恋愛にひたすら没頭する特別な時間は普遍的なんじゃないかな、という思いもありました。世の中のことが少しわかってきて、だからこそ人と比べたり、逆に人と繋がっていなければ不安になったり。狭い世界に存在しながら、世界が広がっていくことに怖さを感じ、同時にその場に留まり続けることにも恐れを抱く。

加藤:「ジーンマッチ」に象徴される、科学的データこそ、一度疑ってみたほうがいいのではないか、といまは思いますけれど、そうしたことは高校の頃はわからなかった。原理主義的な怖さでもあるし、それは自分の弱さの裏返しでもある。「こうだ」と信じたら、その方向にしか進められなくなってしまう時期って、僕にもありましたし、もう少し器用に生きられたらいいなと思いながらも、なかなかそうはいかない。「共感してほしい」と思っていたわけではないのですが、多くの人にきっと伝わる感覚なんじゃないかな、と。

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2020年12月7日号より抜粋


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