秋篠宮さまの発言から感じるのは、「国民目線」だ。皇室が国民と共にあること、税金で運営されているということ。その二つを強く意識していると思う。例えば2009年、44歳の誕生日を迎えるにあたっての記者会見で、皇位の安定的継承が難しくなりつつある現状について尋ねられ、こう答えた。

皇族の数が今後減るということについてですけれども、(略)国費負担という点から見ますと、皇族の数が少ないというのは、私は決して悪いことではないというふうに思います」

 18年、53歳の誕生日を前にした会見では、翌年に控えた大嘗祭(だいじょうさい)について「宗教行事と憲法との関係はどうなのかというときに、私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています」と述べた。身の丈にあった儀式にするのが本来の姿だと思うし、そのことは宮内庁長官らにも言ったのだが、「残念ながら、話を聞く耳を持たなかった」と続けた。

 ノンフィクション作家の保阪正康さんは、「秋篠宮の言葉は、いわゆる天皇家の言葉とは違う」と書いていた(写真集秋篠宮家25年のあゆみ」)。天皇家の言葉とは「聞き手が解釈の責任を負う」言葉で、それは責任逃れのためでなく、責任そのものから距離を置くためだ、と。だが、「秋篠宮は天皇家の言葉をほとんど使わない。むしろ国民に対し、率直な発言を続けている」。

 この「天皇家の言葉とは違う」という一文は、「行動」に置き換えることもできると思う。秋篠宮さま、そして秋篠宮家の行動の特徴は「スピード感」だ。「責任そのものから距離を置く」のが天皇家だとすると、それはやはり特異なもの。だが、新型コロナウイルス禍でも変わらず発揮された。

■若い行動力が持ち味

 まだ緊急事態宣言が解除されていない5月15日、秋篠宮さまご一家と宮内庁職員が手作りした医療用ガウン100着が恩賜財団済生会に届けられた。22日には200着。同会総裁の秋篠宮さまがご家族とオンラインで理事長らから話を聞き、ガウンをごみ袋から作っていると知ったのが11日。4日後には、もう100着を届けている。

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