このネアンデルタール人に由来する新型コロナの重症化に関係する遺伝子は、現代世界のどの地域に多く見られるのか。

 研究グループが世界各地の遺伝情報と比較した結果、少なくとも両親のどちらかからこの遺伝子を受け継いだ人は欧州で16%、インドなど南アジアで50%。最も割合が高かったのはバングラデシュの63%だった。一方、東アジアとアフリカにはほとんどいなかった。

 この分布は、新型コロナの死者数が東アジアで少ない半面、欧米やインドなどでケタ違いに多い実態と符合する。英国では、バングラデシュにルーツを持つ人の新型コロナの死亡リスクが英国白人より2倍高いとの報告もある。

 研究グループによると、ネアンデルタール人の遺伝情報を持つ人は、新型コロナに感染した際に重症化するリスクが最大3倍になるという。

 この研究報告を評価するのは、薬理学が専門の飯村忠浩・北海道大学教授(55)だ。

「異なる環境で暮らし、異なる免疫系を持っていた人たちの遺伝情報が作用し、特定の病気にかかりやすかったり、かかりにくかったりすることは人類の進化上、十分あり得ると思います」

 ネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子をめぐっては、C型肝炎ウイルスに対する免疫力を高めている、との研究報告もある。つまり良い面、悪い面の両方があるのだ。

■年齢に次ぐリスク要因

 飯村教授も加わる日米の研究グループは8月、新型コロナへの感染のしやすさは、遺伝子レベルでは地域や民族間の差がないとの分析結果を発表した。一見、ペーボ教授らの研究結果と矛盾するように映るが、飯村教授はターゲットにした遺伝子がそもそも異なる、と説明する。

「私たちが調べたのは、ウイルスが細胞内に入るまでのくっつきやすさや、入りやすさといった『入り口』に関与する七つの遺伝子で、この範囲では差異がなかった、というものです」

 新型コロナウイルスは表面にあるとげ状のたんぱく質が、ヒトの細胞表面にある受容体たんぱく質に結合して細胞内に侵入する。その後、体内にある免疫細胞がウイルスに反応するが、研究グループの李智媛(イジウォン)助教らが調べたのは、こうした免疫応答の手前までだ。これに対し、ネアンデルタール人の遺伝情報の関与が指摘されているのは免疫反応の段階というわけだ。

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