浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
開会した臨時国会で所信表明演説を行う菅義偉首相 (c)朝日新聞社
開会した臨時国会で所信表明演説を行う菅義偉首相 (c)朝日新聞社

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

【写真】開会した臨時国会で所信表明演説を行う菅義偉首相

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「所信」を辞書で引けば「信じている事柄。信じるところ」とある。「表明」を引けば、「態度や決意などをはっきりとあらわし示すこと」となっている。

 名は体を表していなければならない。だが、「所信表明」と銘打って10月26日に臨時国会の冒頭で行われた演説は、その名と体が全く一致していなかった。あの演説のどこに「信じるところ」が語られていたか。あのどこに「態度や決意など」が「はっきりと示されて」いたか。

 あの演説の中には「あれをやった。これもやった」と「これをやる。あれもやる」の羅列しかなかった。なぜ、「あれ」や「これ」をやったのか。なぜ、「あれ」と「これ」をやろうとするのか。それがなかった。

 唯一、「信じるところ」の表明に近いくだりは、演説の末尾にチョロリと顔を出した。そして、それは例の「自助・共助・公助」だった。そして、やはり例の通り、「自分でできることは、まず自分でやってみる」という文言が続いた。一国の政策責任者は、国民に向かってこんな説教を垂れるために存在するわけではない。僭越極まりない。

 9月16日の首相指名から、今回の「所信表明」演説まで40日を要した。近年では異例の長さだが、実は同じ40日を要したケースがもう一つある。2009年の民主党政権発足時だ。

 あの時の鳩山首相(当時)の演説には、正しく所信の表明があった。平田オリザ氏という名スピーチライターを得て、確かに名は体を表していた。「体」の中身に同意するか否かはさておき、看板に偽りでなかったことは、誰も否定出来ないだろう。

 ところで、菅首相の「自助・共助・公助」には、必ずその後に「そして『絆』」というのが続く。この「絆」は何なのだろう。謎だ。取ってつけた感濃厚だ。自助最優先社会の中で、一体どんな絆が形成されるというのか。

 09年の鳩山演説にも、実は「絆」が登場する。この「絆」は、アインシュタインの「人は他人のために存在する。(中略)共感という絆で結ばれている無数にいる見知らぬ人たちのために」という言葉に根差している。菅首相の「絆」は誰の言葉に立脚しているのか。まさか、彼が崇拝するマキャベリ?

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2020年11月9日号

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浜矩子

浜矩子

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

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