どこからも見向きもされない日が続いたある日、日清食品からオファーのメールが届いた。「17年2月21日14時23分」。運命の扉が開いた瞬間だった。

「本当にやりたくて、やりたくてしようがなかった。やっと分かっていただける方たちに出会えたという喜びがこみ上げました」(竹内さん)

■安藤百福の精神に合致

 打ち合わせで、「世界で勝ちに行くには『培養ステーキ肉』を目標にするべきだ」という竹内さんの主張に、日清食品は二つ返事で応じた。日清食品にも「ステーキ肉」にこだわる理由があった。

「アンケートで『食べたい肉料理』を尋ねると、ミンチでできるハンバーグよりもステーキや焼き肉を挙げる人が多い。本当に豊かな食生活の維持に寄与するには、ブロック肉の技術の確立がマストだと思っています」

 こう話すのは日清食品の培養肉開発の担当者、仲村太志さん(44)だ。

 日清食品創業者の安藤百福が世界初の即席麺「チキンラーメン」や世界初のカップ麺「カップヌードル」を発明した背景には、「食が足りてこそ世の中が平和になる」「世の中のために食を創造する」という強い思いがあった。将来の食糧危機に備えて培養肉を開発する取り組みは、創業者安藤の精神に合致する。仲村さんは言う。

「みんなに満腹になってもらいたい、と願う創業者の精神を実践する上で培養肉の開発はベストの選択だと考えました」

■筋肉と同様の組織実現

 タッグ結成から約2年、日清食品と東大は19年3月、長さ1センチ、幅0.8センチ、厚さ0.7センチの牛の筋組織の作成に世界で初めて成功したと発表した。

 ステーキ肉のような厚みのある組織を作るのが難しいのは、血管のない組織は分厚くすると内部へ酸素や栄養を供給できず、細胞が死んでしまうからだ。また、「本物の肉に近づける」という目標を達成するためには、ただ筋細胞を集合させるだけではなく、筋肉と同様に収縮運動ができる組織を作らなければならない。

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