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「最後は身動き取れなくなった」安倍政権の外交 「トップダウン」が裏目に

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AERA#安倍政権
安倍政権では結局、拉致問題の進展は見られなかった。横田滋さん、早紀江さん夫妻と握手する安倍首相/2015年4月26日、東京都千代田区で (c)朝日新聞社

安倍政権では結局、拉致問題の進展は見られなかった。横田滋さん、早紀江さん夫妻と握手する安倍首相/2015年4月26日、東京都千代田区で (c)朝日新聞社

牧野愛博(まきの・よしひろ、55)/朝日新聞編集委員。政治部、全米民主主義基金(NED)客員研究員、ソウル支局長など歴任。2019年4月から現職。『ルポ 金正恩とトランプ』など著書多数 (c)朝日新聞社

牧野愛博(まきの・よしひろ、55)/朝日新聞編集委員。政治部、全米民主主義基金(NED)客員研究員、ソウル支局長など歴任。2019年4月から現職。『ルポ 金正恩とトランプ』など著書多数 (c)朝日新聞社

 思わぬ形で終わりを迎えることとなった安倍政権。韓国・北朝鮮関係では当初、「トップダウン外交」を武器に大胆な対応をみせたが、結果は振るわなかった。AERA 2020年9月14日号では、朝日新聞編集委員の牧野愛博さんがその外交手腕を振り返った。

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「外交の安倍」を自任した安倍晋三首相の得意技は「トップダウン外交」だった。首相官邸が戦略を決め、首脳外交で合意を演出する。大胆な外交が可能になる半面、しばしば世論に流される結果を招く。韓国や北朝鮮との関係でも、当初は成果を出したが、最後は身動きが取れなくなった。

 安倍首相は当初、日韓関係の改善に積極的だった。慰安婦問題の解決にこだわった朴槿恵(パククネ)政権に対し、2015年12月に日韓慰安婦合意を実現させた。合意当日、首相官邸前に右翼の街宣車が押しかけて抗議するなど、本来の支持層の反発を浴びてまでの決断だった。

 安倍首相の決断の決め手は「世論」だった。当時、首相周辺は「慰安婦合意を実現すれば、右派に加えて中道左派までの支持を得られ、歴史に名を残す指導者になれます」と言いながら、安倍首相に決断を促したという。

■慰安婦合意がやり玉に

 だが、この思い切った外交は、17年5月に登場した文在寅(ムンジェイン)政権によって破壊される。文大統領は日本に強い関心があるわけではないが、韓国内の政治闘争の延長で朴槿恵前政権の政策を全面否定することに奔走した。そのやり玉に挙がったのが、日韓慰安婦合意だった。

 文政権は18年11月、合意に基づく日本政府の拠出金でつくられた財団の解散を発表し、合意は崩壊した。

 加えて18年10月、韓国大法院(最高裁)が日本企業に対し、元徴用工らへの損害賠償を命じた判決が、安倍首相の日韓関係改善への熱意を完全に消し去った。首相は判決前から、繰り返し、文大統領との首脳会談で、「賠償を命じる判決が出れば、関係の決定的な悪化を招く」と警告し、文氏も「重大な問題だと理解している」と語っていた。


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