稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
たまたま入ったカフェにあったポスター。文言の一つ一つが今の我が身に染み通る(写真:本人提供)
たまたま入ったカフェにあったポスター。文言の一つ一つが今の我が身に染み通る(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】文言の一つ一つが今の我が身に染み通るカフェにあったポスター

*  *  *

 コロナが怖いのは無意識に人にうつしてしまうかもしれないからで、実を言えば私個人が感染したら死ぬかもなどとは心配していない。だって持病もなく高齢でもなく、定職を持たぬヒマ人なので無駄に健康体。もちろん致死率ゼロではなかろうが人は様々な原因で死ぬ。コロナだけを恐れる理由もなかろう……と思っていたんだが、どうもこれは世間の常識でもないらしく、私と同年代、あるいは若い人の多くが「かかったら死ぬかも」と真顔で怯えているのを繰り返し聞くうちに、次第に「私も死ぬかも?」と思えてきたりする。

 ま、人の心とはエーカゲンなもんですな。

 さらに、そのことが私の行動にも明らかな影響を及ぼし始めているのである。

 何しろ明日死ぬかもしれない。となれば、その前にやることをやらねばならぬ。といって定職のない身ゆえ大したことないんだが、例えば、いつか連絡取ろうと思っていた人に今すぐメール。いつかちゃんとお礼せねばと思っていた人に今すぐ小包。いつかやりたかったこと(例・バレエ)はすぐやる。「いつか」はないのだ。今やる。毎日「死ぬ前にやりたい10のこと」をやりその日を終えるのである。

 いや、これがもうめちゃくちゃイイのであった。

 何しろ時間がない。明日死ぬと思えばごちゃごちゃ悩んでいる場合じゃない。なので思いついたら即やる。結果が凶と出ても明日は死んでるかもしれないんだから関係ないもんね。ああ明日を考えないって本当に素敵! 思えば私をずっと悩ませてきたのは将来の心配であった。今日うまくいかなかったら将来ヒドイことになると怯え、うまくいったらいったでこんなことは続かないと怯えた。そんな心配はもう終わりである。今日やることを懸命にやるのみ。そして明日はないと思ったら、世界はなんと輝いて見えることか。道ですれ違う見知らぬオッサンも心から愛おしく、ニッコリ微笑んだりしている。明日死ぬかもしれないという幸福。そんなものがこの世に存在していたのである。

AERA 2020年6月15日号

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稲垣えみ子

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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