ACE2は、いま多くの専門家が注目する受容体たんぱく質だ。全身の血管に存在し、本来は血圧を調節するほか、肺炎の症状を改善する重要な働きがある。しかしこれにウイルスが結合すると機能が低下し、血管内皮が破壊される。これを修復しようと血小板が集まり、白血球からはサイトカインと呼ばれるたんぱく質が放出され凝固系が活性化し、赤血球が取り込まれて血栓ができる。

「これまで日本では血栓と新型コロナの関係はあまりクローズアップされていませんでした。国内でも60歳以下で新型コロナウイルスに感染し、自宅療養や自宅待機していて急激に呼吸困難になった人や突然亡くなった人が報告されていますが、私は肺塞栓症の合併を疑っています」(榛沢さん)

 肺塞栓症は、「エコノミークラス症候群」として知られている。足の静脈にできた深部静脈血栓が肺に運ばれ、肺動脈を詰まらせることが多い。長時間座り続ける旅客機や長距離バスの乗客などの発症が多く、2004年の新潟県中越地震で車中泊の被災者に多発して注目された。

 こうした状況を受け厚生労働省は5月18日、「新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)診療の手引き」の改訂版を公表。重症化リスクを見極めるために調べるべき血液マーカーなどを複数記載。特に血管内に血栓ができているかどうかを注視するのが重要とし、血栓症の進み具合を判定する血液中の「Dダイマー」を重症化予測の一つとした。そして症状が悪化する前に血液検査を行い、正常値を超える場合は血栓を溶かす抗凝固薬の投与を推奨した。

 日本血栓止血学会の理事長で、奈良県立医科大学教授の嶋緑倫(みどり)さん(小児血液学)は、Dダイマーは血管の中に血栓ができているかを見る指標であり、数値のチェックは欠かせないと語る。

「血栓症に共通するのは、つい先ほどまで普通に生活していた人が急変すること。重症化した場合は命にかかわることもあります」

 同学会は血栓症のリスクが高い人について「チェックリスト」を公式サイトで公開している。

 75歳以上、心臓や肺・腎臓などに病気がある、妊娠中もしくは出産後、ピルなど女性ホルモン剤を飲んでいる、内臓脂肪が多い、喫煙者……。これらがいくつか当てはまる場合は、普段から予防を心がけるよう呼びかける。

「高齢者は体をあまり動かさないので血液が滞りやすい。高血圧や糖尿病、喫煙されている方は血管の内側の壁が障害を受けており、血栓ができやすい。妊娠中は女性ホルモンの影響で、血液が固まりやすくなるために、血栓ができるリスクが高くなります」(嶋さん)

(編集部・野村昌二)

AERA 2020年6月15日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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