例えば「All I Really Want to Do」という曲。日本語訳ではリズムや韻に原曲の雰囲気が強く残る。驚きは、ファンが慣れ親しんだ邦題が変わっているケースがある点だ。「風に吹かれて」「くよくよするなよ」「見張り塔からずっと」といった有名な曲もそうだ。ファン必読。

 佐藤氏はロックをこう語る。

「60年代、70年代は、若い人たちが対抗文化の流れの中で『ロックに集結』して世の中の流れを変えていくような運動がありました。しかし、ビートルズもローリング・ストーンズも、90年代以降はまったく違ったものとして受け入れられる。『レジェンド』という強力なブランドです。大きな物語がなくなった時代の、変わらないブランドとして伝達されていったのです」

 同じ60年代から活躍するディランはどうか。

「過酷な条件の中で、別格な道を歩んでいると言えるでしょう。音楽、演奏、声に、ディランにしか入れられないような詩を交えた全体としてのアートを作り出しているのです」(佐藤氏)

 ディランの独創性は「剽窃(ひょうせつ)」から生まれてくるとも指摘する。

「若いときからディランは様々な音楽を学び、年をとっても、歌の伝統の中で動いていくからには、アメリカの歌の隅々まで知り尽くして自分を乗っけていく作業をしています。民衆の音楽に対する芸人としての踏み込み方が並大抵ではありません」(同)

 新譜にも、ディランならではの剽窃があるようだ。愛のある剽窃が。(編集部・小田健司)

AERA 2020年6月1日号