今、あらゆる分野がAIやビッグデータの活用で、飛躍的な進化を遂げている。その基礎になるのは数学だ。AERA2020年3月23日号は、数学者が率いる東大発の数学ベンチャーの技術開発力に迫る。
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一昨年の西日本豪雨、昨年の台風19号など、日本各地で水害が相次いでいる。浸水の被害にあった場合、火災保険の契約に「水災」補償をつけていれば保険金を受け取れるが、専門の知識を持つ調査員が一軒一軒訪れて損害を査定するため、大規模災害ほど支払いが遅れがちになり、長いときは半年ほどかかってしまうケースもある。
その悩みを解決したのが最新の数学だ。ドローンが撮影した画像データから地表の3Dモデルを作成し、計測が必要な3カ所をAI(人工知能)が指定する。調査員がその3カ所の浸水高を測って実数を入力すると、AIがわずか1時間で残りの数千軒分の浸水高を算定。5日ほどで保険金支払いが可能になる。
この技術を開発したのが東大発の数学ベンチャー、アリスマーだ。社名は英語で算術、数学を意味する「Arithmetic」にちなんだ造語で、現代数学を応用して独自のAI技術を開発する。
2016年、東京大学大学院で数理科学の博士号を取得した大田佳宏(よしひろ)社長(48)ら2、3人でスタートし、現在の社員数は108人。19人が博士号を持ち、修士号を持つ社員は45人いる。3割弱が東京大学、京都大学の出身者だ。大田社長は言う。
「数学が何の役に立っているかわからないという方もいますが、実は数学はあらゆる科学技術の基礎。だから新しい数学を入れるだけで今までできなかったことが急にできるようになる」
その一つが冒頭に紹介したAIによる浸水高の計測だ。開発のきっかけは大手損害保険会社の三井住友海上火災保険から「迅速かつ正確な損害調査手法の確立が課題」と聞いたことだ。
アリスマーはわずか3カ月でAIによる流体シミュレーション技術の開発に成功。使用したのは大田社長の専門で、対象領域を非常に細かく分割して判別を行う「超離散系数学」だ。最初は数千軒分の浸水予測ができると伝えても信じてもらえなかったため、過去に起きた実際の水害のデータをもとに実験してみせたところ、実際の浸水高とほぼぴったりという結果が出た。三井住友海上は今年4月からこの手法を導入する。