市村正親(いちむら・まさちか)/1949年、埼玉県生まれ。西村晃の付き人を経て73年に劇団四季に入る。退団後もミュージカル俳優として活躍。100以上の舞台を踏む。今年は「ミス・サイゴン」「生きる」に出演予定(撮影/門間新弥)
市村正親(いちむら・まさちか)/1949年、埼玉県生まれ。西村晃の付き人を経て73年に劇団四季に入る。退団後もミュージカル俳優として活躍。100以上の舞台を踏む。今年は「ミス・サイゴン」「生きる」に出演予定(撮影/門間新弥)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。

 俳優・市村正親さんによる『役者ほど素敵な商売はない』は、幼少期から現在までの人生を、知られざるエピソードを交えて書き下ろした一冊。俳優への道、演目ごとの裏話、演出家や共演者の話など、市村さんらしい勢いのある語り口も魅力だ。著者の市村さんに、同著に込めた思いを聞いた。

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 両手を広げて息を吸い、長く吐いている。ロングブレスダイエットですか?

「そう、息子のパパ友から本をもらって、取り入れてみようかと思ってるんだよ」

 と言うものの無駄な肉など見当たらない。背筋がピンと伸びたスタイルは鍛錬のたまものだ。毎日のマグマヨガ、ジムでの筋力トレーニング、パパ友と出会ってからはゴルフにはまり、月に4、5回はコースに出ている。

 古希を迎えてますます元気な市村正親さん(71)が俳優人生を語る自伝的な本を出した。

「そろそろ、本音で話してもいいんじゃないかと思ってね」

 きっかけは歌舞伎座で坂東玉三郎さんの楽屋を訪ねたことだった。玉三郎さんが若い役者たちに熱く教える姿を目の当たりにして、

「僕にも亡くなった浅利慶太さん、蜷川幸雄さん、親しかった十八代目の中村勘三郎さんなど、先人から学んだものを若い人たちに知ってほしいという気持ちがある。明るさとポジティブシンキングがあれば、あそこまで行けるという道標になれたらいいなと思ったんです」

 順調に階段を駆け上がってきたように見える市村さんだが、実はたびたび逆風にさらされ、くやし涙を流してきた。劇団四季では、師である浅利さんの逆鱗(げきりん)に触れ、「きみとは仕事はできない」と言われたこともある。

 そんなときは落ち込むより何が原因かを考える。「笑いをとろうとして芝居がずれちゃったな」「誰かが言ってくれるべきことなのに、自分が言わせないムードを作っちゃったのかな」などと自省して手紙を書き、結局浅利さんにすき焼きをごちそうになった。

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