もちろん、ファルセットと太く柔らかなヴォーカルを交錯させながら表現された歌は、「君を愛している」のリフレインと一つに合わさり、感動をもたらしてくれるだろう。だが、それは現代社会に対する生きにくさ、居心地の悪さがもたらす痛みや傷、あるいはそれがいつのまにか、かさぶたになって忘れてしまうことの悲しみ、諦念までも深くえぐり出している。自分がいつそうなってしまうかわからない、いや、もう既にそうなっているかもしれない、というおびえにも似た不安もそこに描かれているのだ。



 だから彼は「急げ急げ/全てが変わる」を繰り返す。気がついたら年を重ね、老いていくことへの畏怖と戦いながら。ただ、傷や痛みが雪だるまのように増えても「愛している」という思いが衰えることはない。人生の最終盤になっても途絶えることはない。そんな確信めいた願いが甘美な情緒と共存している。「中央線」はそんな曲だ。中央線という歴史もある、走行距離も長い、これまでにさまざまなドラマが歌の中で描かれてきた路線をモチーフにしているのも、それこそが運否天賦ある人生そのものだと彼は伝えようとしていたのかもしれない。

 曲の後半はストリングスも挿入されドラマティックに展開されていく。いい音で録音されていることもあり、音の一つ一つの粒だちがとても美しいこの曲を聴きながら、日本に暮らす私やあなたは2020年の始まりに何を思うだろうか。

(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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