今は孤独死が増えている、一人でも多くの人に幸せな人生だったと感じてもらえるよう、看取りの現場にも出てみたいと語ってくれた。

 東京都港区の弘法寺。遺体役の女性に「死に化粧」を施す手を止めると、田村龍(りゅう)さん(39)は顔をほころばせた。

「明日死ぬかもしれないと思い、今日一日を大切に生きるようになりました」

 田村さんは元電機メーカーの社員。大学を出てから15年間、人事畑を歩いてきたが、昨年10月から葬儀前に遺体を整える「納棺師」として働いている。

 菅原さんや清水さん同様、田村さんもまた、身近な人の死が転職の背中を押した。死を見つめる原体験は、祖母の死だ。3年前、岩手の実家に住む祖母が87歳で亡くなった。その時、納棺師がきれいに死に化粧を施してくれた。いい仕事があると感じた。ちょうどその頃、「人の人生になくてはならない仕事をしてみたい」と思うようになっていた。インターネットで日本で唯一の納棺師育成学校「おくりびとアカデミー」を知り、入学を決めた。同アカデミーがあるのが、先の弘法寺だ。

 同アカデミーは授業料120万円で、納棺の儀式に必要な着せ替えや化粧などの実技から「グリーフサポート」と呼ばれる遺族の気持ちの支え方や宗教学などを学ぶ。13年の開校以来、約100人が卒業した。ウエディングプランナーや歯科技工士など、田村さんのように異業種からの転職も3割近くいるという。

 田村さんは約半年間アカデミーで学び、現在は系列会社の「おくりびとのお葬式」で働いている。月10件程度、納棺師として「死」の現場に立ち会う。

「納棺の儀式」は1時間ほどだ。遺体と向き合うことに、不思議と抵抗はなかった。それより、遺族から喜ばれ感謝されることがうれしいと話す。今夏、病気で亡くなった男性を送り出した後、その娘から手紙をもらった。そこには、こう書かれていた。

「きれいに化粧をしてくれてありがとうございます。父も喜んでいると思います」

 仕事で「死」と向き合ううちに、田村さん自身にも変化が起きた。生きとし生けるものすべてに寿命がある。朝元気に家を出ても、事故に遭ったりして二度と戻れない可能性もある。そう考えるようになり、朝家を出る時、妻(38)の顔をしっかり見て出かけるようになったと笑う。

「納棺師の仕事に“一人前”はありません。毎日が研鑽の日々です」

(編集部・野村昌二)

AERA 2019年12月9日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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