米国での存在感を高める効果も期待できる。10月17日、米テキサス州ダラス近郊。アルノー氏とトランプ米大統領、イバンカ大統領補佐官らが並んでテープカットをしていた。ヴィトンの新工場がここにオープンしたのだ。LVMHは、アジアに次ぐ重要市場である米国に投資を増やしており、ティファニー買収で流れを大きく加速できる。

 一方、ティファニーは最近いま一つ勢いがなかった。ニューヨーク・五番街の本店はトランプ・タワーの隣にあり、前回大統領選直後は重い警備が売り上げに響いた。トランプ政権誕生後はドル高や米中貿易摩擦で、上客である中国人観光客への販売が打撃を受けた。今年は香港のデモも業績に響きそうだ。

 とはいえ「コーチ」「ラルフローレン」「マイケル・コース」などの米国ブランドが安売りなどで軒並みイメージを低下させる中、ティファニーはブランド価値をそれなりに保ってきた。最近の逆風で、一時140ドル近かった株価が100ドルを切り、LVMHには格好の「買い場」が訪れた形だ。

 買収提案の120ドルは、報道が出る直前の株価98ドルに22%を上乗せした水準だ。しかし、直後のニューヨーク市場で、ティファニー株は買収提案額を上回る129ドルまで急騰した。ティファニーが今の額では身売りを拒み、買収額がつり上がると市場は見ているのだ。

 ほかに買収に名乗りを上げるライバルが現れ、奪い合いとなる可能性もある。売るのか、売らないのか。売るとしたらいくらでか。大西洋をまたいだ交渉がこれから本格化する。(朝日新聞ニューヨーク支局・江渕崇)

AERA 2019年11月11日号