「父が文字を読めなくなって、文字がインフラになっていることに気付きました。文字にアクセスできないとナンバーキーが押せなかったり、駅で東口に行きたくてもどっちかわからなかったり、基本的なことができなくなるんです」(同)

 父の症状はリハビリの甲斐あって回復したが、視覚障害者らの声に触れ、開発を続けた。

「文字にアクセスすることは、視覚障害者にとっても重要です。メニューを選んだり、手紙を読めるようになったり。人に聞くのは心理的な負荷があるし、何度も頼めない。そんなストレスを和らげることができます」(同)

 現在、オトングラスはメガネに取り付けるアタッチメントとして開発を進めている。

「何かするときのハードルが高くなっている状態が障害です。技術でハードルを下げることができれば、それは障害ではなくなるはずです」(同)

 これら発明に共通するのは、障害のある人と対話し、社会のあり方を変えようとする思いだ。視覚障害やユニバーサルデザインを専門とする慶應義塾大学の中野泰志教授は「障害の社会モデル」につながる考え方だと歓迎する。障害の社会モデルとは、障害者が困難に直面するのは社会に障壁があるからで、それを取り除くのは社会の責務だとする考え方のことだ。

「多くの人は、見えないこと、できないことを障害だと考えています。でも、障害のある人のことを想定しなかったために社会の中につくられた障壁こそが障害なんです」(中野教授)

 もちろん、「安全」に関わる技術には慎重な取り組みが求められる。

「使えると思ったものが使えない事態は大きな危険を招きますし、実用化は簡単ではないでしょう。でも、誰かが“困っている”事実に気づき、社会的な障壁を自分たちの技術やノウハウを使って解決しようとする取り組みは、多様性を認める社会への大きな一歩だと思います」(同)

(編集部・川口穣)

AERA 2019年9月9日号より抜粋

著者プロフィールを見る
川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

川口穣の記事一覧はこちら