背中を押された松尾さんは清水社長にも思い切って、戦略への不信感を打ち明けた。

「本当に不可能かな? ビル・ゲイツがやってもダメかな?」

 思ってもみない反応。だが言われてみると、確かにビル・ゲイツだったら何か糸口を見つけられる気がした。

「ビル・ゲイツと自分を比べるなんてどうかと思うんですが、彼にできて自分にできないのは悔しい。絶対に突破口はあるはずだと発奮しました」

 自分なりにPDCAを高速回転させるうち、徐々に結果もついてきた。最近、松尾さんはもう一つ、自身の変化に気づいた。毎週行われる経営状況についての会議で、経営陣の意思決定の理由が理解できるようになってきたのだ。新規サービスの営業で悩んでいた時、昨日までの方針がいきなりひっくり返されることが月に何度もあり、憤慨していた。でも「限られた時間と資金で結果を出していくためには当然の判断だったんだ」と納得できるようになった。

 そんな経験や気づきを、松尾さんは週報や月報に詳細に書き込む。それをパナソニック側の送り出しの事務局である「A Better Workstyle編集局」のメンバーや元の部署の上司、人事担当者、経営陣も読む。

 大企業に比べ圧倒的に足りない資金と時間。投資家からのプレッシャーと従業員に対する責任に押し潰されそうになりながらギリギリの決断をしていく経営者の姿。それを間近で見られるベンチャーならではの環境が松尾さんを成長させ、その様子が会社にもひしひしと伝わってきた。

「彼女の体験しているジェットコースターのようなアップダウンは、その辺の小説よりはるかに面白かった。視座も一営業担当から経営者のレベルにまで高まっていて、20代でここまで成長するのかと正直驚いています」(A Better Workstyle編集局主幹の重房志保さん)

(編集部・石臥薫子)

AERA 2019年9月2日号より抜粋