だが、苦しみゆえの「心の闇」を、多くの当事者が抱えているのも事実だ。

「父(66)を殺したいと、ずっとどこかで思っています」

 青森県に住む、ひきこもり当事者の下山洋雄(ひろお)さん(39)はこう打ち明けた。

 小学6年の時に教師から受けた体罰が原因で不登校になり、ひきこもるようになった。苦しい気持ちをわかってほしかったが、父親は理解しようとしなかった。強く登校を促し、外に出そうと毎日のように3時間近く説得を続け、寝させてもらえない時もあった。勉強ができないと責めてたたいた。高校までは、いつか父親を殺そうと机の中にナイフを忍ばせていたという。

 いま下山さんは、ひきこもりながらも、ひきこもり当事者や家族の相談を受けるボランティアを行っている。だが、そんな下山さんに対して父親は、部屋のドア越しにこう言う。

「金にならないボランティアをして、いつになったら働くんだ」

 父親を刺し殺し、自分も死のうとも考える。心の底で絶望や焦燥に苛まれているのに、価値観を押し付けられ追い詰められる、やり場のない怒りがある。だが、決して実行には移さない理由をこう答えた。

「父を『親』と思うのをやめたからだと思います。こわもての人がドア越しに何か叫んでいる、と思うようになりました」

 危機感をバネに、ひきこもり状態から抜け出した人もいる。

 30歳から3年間、実家のマンションにひきこもっていた石和(いさわ)実さん(42)は、大学を出て25歳でIT系の会社に就職した。だが、人間関係がうまくいかず、ひきこもりに。絶望の中感じていたのが、「きっかけがあれば、父親を殺してしまうかもしれない」という恐怖だった。

 当時は、まだ父親の年金や貯金で生活できていた。だが、いつか父から「家にはもう金がない、早く就職しろ」と責められたら、感情が爆発してコントロールできなくなるかもしれない。親を殺さないためには自分が死ぬしかない。しかし、自分が死んで家族を悲しませたくはない。

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