7月下旬に本誌がインターネットで実施したアンケートでは、筋トレをはじめたきっかけについて、「見た目の維持」「ダイエット」「健康のため」などの回答が目立つ一方、その効果については50歳の公務員男性が「気力が充実して、何事も諦めなくなり、仕事の成果も上がった」と回答するなど、精神面に触れる人も多かった。

「筋トレが自律神経と脳内の内分泌系調節機能に作用する力には、科学的な裏付けがあります。ジョギングやエアロビクスなどでは1時間以上続けないと得られないレベルの活性化が、筋トレではわずか10分程度で起きることがわかっています」

 こう話すのは、ボディービルダーとして世界選手権3位になった実績を持つ、東京大学大学院総合文化研究科の石井直方教授(筋生理学)だ。

 自律神経への働きから説明しよう。自律神経は内臓や血管の働きをコントロールし、体内環境を整える役割を果たしている。起きているときや緊張しているときに優位になる交感神経と、就寝時やリラックスしているときに優位になる副交感神経がある。自律神経の乱れは、不安やだるさなど、さまざまな不調を引き起こす。

「筋トレによって自律神経のリズムが整い、交感神経と副交感神経がともに活性化すれば、ここぞというシーンで集中力を高め、リラックスしたいときにはくつろぐことができる。そんなメリハリのついた心身の状態が得られるのです」(石井教授)

 内分泌系については、成長ホルモンの分泌が活発になることが挙げられる。骨が丈夫になって骨粗しょう症が予防でき、脂質の代謝もよくなりやせやすい体になる。免疫力も上がり、風邪をひきにくくなる。

 筋トレは精神の安定にもよく、脳内に分泌されるドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンの状態を整えることが知られている。筋トレをすることで三つの分泌量が必要に応じて滑らかに流動し、セロトニンを基点としながら、上がったり下がったりする一番いい状態を、保つことができるのだ。

 記憶力の向上も期待できる。収縮運動に伴って筋肉から分泌されるイリシンという物質は脳を活性化するが、これはイリシンが記憶をつかさどる海馬という領域に作用するためと考えられている。石井教授の研究室は昨年、海馬中で神経細胞を増やす「BDNF」(脳由来神経栄養因子)という化学物質が、筋肉を動かすことによって増えることを論文に発表した。石井教授は言う。

「筋肉に筋トレ時のような強い収縮を与えると、脳内の神経細胞を増やしたり、活性化させたりする物質が増えることは動物実験では立証済みです」

(ライター・村田くみ、編集部・渡辺豪)

AERA 2019年8月12-19日号合併増大号より抜粋