今年春、知人を通じて弔慰金の存在を知った川下さんは、警察庁に尋ねた。

「法律が施行された16年11月以前の発生だが、未解決で今も被害状況は続いている。救済の対象にならないか」

 警察庁からの回答は、「未解決でも対象外」とその日のうちに返ってきた。

 タイの制度はどうか。事件から半年後、タイから損害賠償の支払いに関する文書が届いた。金額は「10万バーツ(約35万円)」だった。

「納得できる額ではなく、犯人の有力情報提供者への懸賞金に充ててほしいとお願いしました。それで賠償金を支払ったことにはされたくなかった」

 在東京タイ王国大使館に救済制度の有無を問い合わせると、外国人観光客の救済基金に関する資料が送られてきた。観光客が死亡した際の救済金額は100万バーツ(約350万円)以下と明記されていた。だが、大使館の担当者からは「基金は14年10月1日から運用が始まり、それ以前に発生の事件は対象外」との説明があった。

 犯罪が起きたタイからの支援も、日本の弔慰金も受けられない。今は年金暮らしのため、貯金を取り崩してタイへの渡航費を工面する川下さんは、こう心境を吐露した。

お金と体力が続く限りは行きたい。ただ、自己負担でどこまでもつか。法律に基づいた措置かもしれないが、日本国内で起きた犯罪被害に対する救済制度を踏まえれば、あまりに不公平だ。同じ日本国民であり、税金も支払っているのだから、同じように救済できないのでしょうか」

「海外」と一くくりにされるが、救済制度は渡航先の国ごとに異なる。川下さんのように事件が未解決ゆえ、発生から10年以上も通い続けている遺族もいる。グローバル化が進み、18年には日本人の出国者数が1895万人と過去最多を記録したいま、海外でテロや犯罪に巻き込まれた被害者支援のあり方が、あらためて問われている。(ノンフィクションライター・水谷竹秀)

AERA 2019年7月1日号