久山さんは、要因の一つとして、2005年に国立の映画機関である「ポーリッシュ・フィルム・インスティテュート」が設立されたことを挙げる。90年代後半には、ポーランド映画は年間10本ほどしか制作されないという危機的状態にあったが、その頃から国のプロジェクトとして資金面の援助を行うようになった。同インスティテュートが中心となり、海外との合作も多く生まれるようになった。

「オリジナル脚本の作家主義的な作品は少なくなっていたが、国の援助を受けられるようになったことで、よみがえってきたと言えるのかもしれません」(久山さん)

 グジンスキ監督によると、デビュー作であれば制作費の80%を、2作目以降であっても50%の助成金を得ることができる。とりわけ国の歴史を扱った作品への援助は手厚いのだという。

「ポーランドは歴史的に独特な道を歩んできた国」と久山さん。

「旧ソ連の体制下では、制作できないような作品があった。『自分たちの国にも語るべき物語がある』ということを観客に伝えたいという姿勢が国全体に広がっているのかもしれません」

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2019年6月3日号