ネット上にヒット曲のカバーやアレンジ動画を上げて人気を得る「歌い手」たち。12年前に生まれたネット文化が今、音楽の市場やコミュニケーションの形を変え始めている。
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「どうようなときも~どうようなときも~うちがうちらしゅうあるために~」
槇原敬之の名曲「どんなときも。」にうっとりと耳を傾ける観客たち。だが歌っているのは、本人ではなく一般の女性だ。しかも歌詞が広島弁にアレンジされている。どういうことか?
はたから見ると、少し不思議に思えるこの光景。しかしいま、こうしたネット発の「歌い手」らによるライブが盛況だという。
発端は、12年前に遡る。日本では2007年からニコニコ動画内に「歌ってみた」というカテゴリーが設けられ、ヒット曲を自分で演奏して歌ったり、アレンジを加えて歌ったりする動画が盛んに投稿されるようになった。
その後、初音ミクなどのボーカロイド(サンプリングされた歌声を自由に合成・加工できるソフト)を用いて作詞・作曲を行う「ボカロP」や、ボカロPの作った曲を肉声で歌う「歌い手」などが多数現れ、従来の音楽市場にはなかった新たな文化がネット上に形成されていった。
こうした流れの中で、東京都港区にあるレコード会社のエグジットチューンズは09年に、ボーカロイド曲を集めたアルバムをリリース。以来、「ぐるたみん」や「赤飯」といった人気歌い手やボカロPらの楽曲を多数リリース・配信し、セールス的にも成功を収めてきた。
同社のコンテンツ事業部主任の川合亮介さん(39)は、「人気のある歌い手やボカロPは総じてセルフプロデュース能力が高い」と話す。
「事務所に指示されて動くのではなく、自分でSNSを駆使してファンを増やしていける力があります。それとキャラクターが際立っている人が多い。もちろん声質や歌唱力も大きな魅力ですが、自分の“見せ方”にこだわりを持つ方は多いですね」
川合さんは「歌い手の人気は2.5次元的な側面がある」と語る。2.5次元とは、2次元(アニメやゲーム)と3次元(現実世界)の中間に位置する存在を形容したもの。例えばコスプレイヤーやアニメのキャラクターを演じる舞台俳優などがそう呼ばれる。