18年5月、太田さんは遠野市内の元酒屋だった建物を改築し「TAPROOM」をオープン。共同経営者3人は、いずれもNCLで遠野にやってきたメンバーだ。開業資金は、自己資金と複数のベンチャーファンドを利用した。規模はおよそ2千万円。限られた資金の中で、いかに設備投資を下げるか。醸造に使う資材はネット通販で取り寄せ、自らDIYで作り上げた。公共交通機関に乏しく、自家用車での移動が不可欠の地方で、ビアパブを開設しても、果たして地元の客は来るのだろうか。

「全く根拠はなかったのですが、いけると直感で決めたんです。日本でもホップの産地でビールが飲めるのはここだけ。蓋をあけてみると、全国からビール愛好家が遠野に観光を兼ねてやってきてくれたのです。この冬を乗り切れば初年度は黒字です」

 今、太田さんは、ビールを飲みに来てくれるホップの生産農家といっしょに、ある計画を練っている。それは、クラフトビールという資源を活用した「ビアツーリズム」だ。ホップ畑で収穫体験をし、出来立てのビールを味わって、地域の人々と交流する。日本では遠野でしかできない観光体験だ。

「消費だけの老後は過ごしたくないという思いで、ここまでやってきました。全くの素人が、予想もしなかったビール醸造家ですから。今は地域の経済の一部としてやっていけていることが、とにかく嬉しいです」

(編集部・中原一歩)

AERA 2019年1月14日号