江川紹子が見つめ続けた「オウム真理教事件とは何だったのか」 (3/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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江川紹子が見つめ続けた「オウム真理教事件とは何だったのか」

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江川紹子AERA#オウム真理教

6日、会見を終え、司法記者クラブを後にする上祐史浩氏(写真/編集部・大平誠)

6日、会見を終え、司法記者クラブを後にする上祐史浩氏(写真/編集部・大平誠)

江川紹子さん(c)朝日新聞社

江川紹子さん(c)朝日新聞社

オウムと社会の主な出来事(1984~1993)※年表は江川紹子さん作成

オウムと社会の主な出来事(1984~1993)※年表は江川紹子さん作成

オウムと社会の主な出来事(1994~2018))※年表は江川紹子さん作成

オウムと社会の主な出来事(1994~2018))※年表は江川紹子さん作成

■寝室から多数の血痕、オウムのバッジも落ちていた

 現場となった坂本一家の寝室には、肉眼で見ても分かる暴力の痕跡がいくつもあった。麻原公判で鑑識担当の警察官は、寝室から多数の血痕が検出されたと証言。警察が初期に事件性を認識していたことは明らかだ。ではこの鑑識結果などの捜査情報は、警察内部でどう扱われ、誰がどのように捜査にブレーキをかけたのか。麻原弁護団には、ここを追及してもらいたかった。

 現場にオウムのバッジが落ちているなど、オウムの犯行を疑わせる状況証拠はあった。その後、実行犯の一人が坂本弁護士の長男の遺体を埋めた場所を示す地図を警察に送りつけた。一応の捜索は行われたが、遺体は発見されなかった。地下鉄サリン事件後の捜査の中では、まさに地図が示した場所から見つかったのだが……。

 早い時期に捜査が尽くされ、犯人が突き止められていれば、教団はそれ以上暴走するまでもなく、解散となっただろう。松本サリンや地下鉄サリンなどの事件は起こりようがなかった。それなのに、警察の捜査の問題が究明されずに終わったのは、納得しがたい。

 もうひとつ残念なのは、せっかく裁判で多くの事柄が分かったのに、それが教訓として若い人たちに伝えられていないことだ。

 若者がカルトにからめ捕られる危険性は、いつの時代にもある。近年では、「イスラム国」(IS)と称するカルト性が高い集団が、欧米に住む少なからぬ若者を惹きつけた例もある。

 オウムの後継団体「アレフ」には、公安調査庁によると年間100人ほどの新規入信がある。かつてのオウムのようにヨガ教室を装って勧誘し、麻原を崇拝。事件と向き合う姿勢も見られず、信者に「オウム事件はすべて濡れ衣」「サリン事件もでっち上げ」などと書いた資料を配ったりもしている。

 また、インターネット上では、「事件で使われたのはサリンではない」「サリンはオウムが作ったのではない」「実はCIAが……」といった趣旨の陰謀論がいくつも見つかる。

 悲劇を繰り返さず、虚偽情報の拡散を防ぐためにも、オウム事件を通してカルトの怖さや手法を若者たちに伝え、身を守る知恵を得られるようにしてほしい。なぜ教育の場で、そうした情報を提供するようにしないのだろうか。

■保管期限を超えても裁判記録は全て保存すべき

 事実を正確に次の世代に伝えるために、すべてのオウム裁判の全記録を適切に保存し、必要に応じて開示していくことも大切だ。法律上の保管期限を超えた記録は、刑事確定訴訟記録法による刑事参考記録に指定し、永久保存とする。そして、できるだけ早い時期に公文書館に移管するなどして、カルト問題やテロ対策に関する調査・研究、報道などに役立てるべきだ。

 裁判が終わった今、死刑の執行も現実味を帯びてきた。

 麻原の場合、家族が精神の異常を主張。法律では心神喪失状態の者の死刑は執行できないとあり、執行した場合には訴訟もあり得る。執行前に専門医が精神状態を入念にチェックし、記録に残しておくことが必要だ。

 懸念されるのは、彼の墓所が聖地化され、遺骨が教団に利用される可能性だ。なにしろ、教祖の髪の毛、風呂に入った水、血液まで売って金を稼いだ集団である。遺骨を“仏舎利”などと称して微量ずつ信者に分け、教祖に対する忠誠心を高めたり、金もうけに利用したりする事態は容易に想像し得る。

 当局には、執行前にこのような問題についての対策は考えてもらいたい。

 同一犯罪の共犯者は、同日執行するのがこれまでの慣例だが、オウム事件ではどうするのか。国内で死刑執行の施設を備えた刑事施設は7カ所ある。死刑囚の分散も始まり、物理的には同日執行は不可能というわけではない。

 しかし、私はそれには反対だ。麻原と一緒に執行される弟子たちは、現在の信者にとってみれば、「尊師と一緒に転生」する殉教者になる。信者の忠誠心を高める物語となり、教団活動に利用されることが予想される。そうした弊害を避けるために、執行は、まず麻原一人を対象にすべきだ。

 また、弟子だった者の中には、先の広瀬のように、深く悔悟し、自分が罪を犯すまでの過程を振り返って手記にまとめ、若い人たちに提供するなど、再発防止に協力する姿勢を見せている者もいる。そうした者たちは、刑の執行を急ぐより、証言者として、カルト研究やテロ対策のために活用していくほうが社会にプラスではないか。

 それでも、恩赦にでもならない限り、弟子たちもいずれ執行ということになろう。オウムのために、また新たに人の命が失われる。それは、本当にやりきれない。(文中一部敬称略)

(ジャーナリスト・江川紹子)


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