「性犯罪者は自分が病気だとわかると、最初は誰もが反省し二度としないと誓う。しかし、意欲と実行力とは別。反省したからもう治ったと思い、治療をやめると再び犯罪を起こすのです」(大石医師)

 同クリニックでの治療の中心は、「認知行動療法」と「条件反射制御法」。認知行動療法は、女性や性行為に対する「認知の歪み」を自覚すると同時に、犯行に至る行動と思考パターンを顧みて、性欲をコントロールする方法。例えば、盗撮がやめられなければスマートフォンのカメラ機能を壊す、痴漢がやめられなければ、電車を使わずバイクや車で移動する、などだ。

 条件反射制御法は、性的犯罪への渇望感を断っていく治療。例えば、性的衝動が起きた時、耳を引っ張るなどおまじない的動作をしながら「私は痴漢はできない」と繰り返し唱える。

 同クリニックの受診者はこれまで延べ600人以上。通院継続率は1カ月後70%、1年後に36%にまで減るが治療終了者の再犯例はほとんどないという。

 冒頭の男性は、刑務所を出所後、自らの意思でカウンセリングを受けたいと思い同クリニックの治療を受けるようになった。治療を継続し、夜は出歩かない、意識的に女性を見ないなどルールを守っている。さらに、かつての犯行現場に行くと興奮がよみがえってくるため、現場から遠く離れて暮らしている。

 腕につけているミサンガは、条件反射制御法にも使っている。男性が逮捕されると、両親は面会にも訪れず、今もほぼ絶縁状態。しかし兄と姉は、会いに来て「お前を支える」と言ってくれた。そして二度と性犯罪を起こさないようにと、姉がくれたのがミサンガだ。性的衝動にかられた時、男性は右手につけたミサンガに触れる。そして、「私は問題行動はできない」と心の中でつぶやき、気持ちを落ち着かせる。「やらない」のではなく「できない」。やらないというと、本当はできるのにやらないということになる。そうではなく、性犯罪は「できない」と植えつけているのだという。

 治療の成果が試されるのはこれからだ。再犯しないと言い切れるか──。記者の問いに男性は答えた。

「僕を信じてくれた兄と姉のためにも、今度こそ変わらなければいけない。今度失敗したら、本当のクズ」

(編集部・野村昌二)

※AERA 2018年6月18日号より抜粋