「無料塾では、現役時代、世界中を飛び回っていた元商社マンが英語を教えていたり、人生経験を語るおばさんがいたりする。多種多様な人材がいて、その人なりに子どもに関わる。マニュアル的ではない、カスタマイズした関わりがあるんです。それは子どものコミュニケーション能力や読解力によい影響を与えると思います」

 自分とは異質なものと触れ合うという刺激があると、そこから何かを読み解こうという知的好奇心が芽生え、読解力の向上につながる。小宮さんが考える読解力向上のポイントは、「子どもに手間ひまをかけること」。単純な結論だが、これに尽きるのではないかと言う。

 では、なぜ学校教育の中でこの問題が可視化されてこなかったのか。

「単純な話で、学校の先生になるような人は読解力があるからです。そうすると自分がどうやって基礎的読解力を獲得したかが思い出せない。ここに狭いけれど深い溝がある」

 無料塾ではボランティアとして教えに戻ってくる卒業生が出てきているという。学びが好循環を生み、結実した例だろう。無料塾はそもそも学力向上という目的以前に「貧困が貧困を生むという連鎖を止める。そのためには教育が重要だ」という問題意識を背景に始まっている。

「ひとつの理由ならなんとかなりますが、二つの要素がかけあわさると一気に問題は深刻化します。よく、『貧困家庭でも頭のいい子はいるじゃないか』というような意見がありますが、ひとつの理由、ある部分だけを見ていても、問題は解決できないんです。低学力でもコミュニケーション能力があれば都立高の推薦入試に受かる可能性がある。不登校でもお金があればフリースクールに行ける。何かひとつでも解決できたら、先が見えるんです」

 子どもの読解力の低下には、教育現場での問題の前に、社会の崩壊が影響している。基本的な人間関係は乏しくなったがテクノロジーだけは発達し、人間関係を持たずとも好きなことを一日中できる環境が整った。そのふたつが同時進行していることによって、より深刻な事態が引き起こされている。

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