宮崎:ああ、なるほど。

半藤:もう一つ面白いのが、「余が眠りは次第に濃(こま)やかになる。人に死して、まだ牛にも馬にも生まれ変わらない途中はこんなであろう」というところ。なんですか、これ。

宮崎:いや、分からないです。

半藤:自分が馬に生まれ変わるなんてことを夢に見る人、いないんじゃないですか? 実は「人に死し鶴に生まれて冴返る」という、これは子規にほめられた句があるんですよ。ははあ、鶴だと高尚すぎるってんで、『草枕』では牛とか馬にしやがったなと(笑)。

 自分の俳句を「この描写に使えるぞ」とやったんじゃないですかねえ。

宮崎:漱石はそういう人かもしれませんね(笑)。

半藤:刺激を受けると頭の中で小説の構想がぐんぐん回っていったんだと思いますね。

宮崎 ちょっと考えていたんですが、さっきの山水画の話ですけどね(「『草枕』を書くとき、漱石の頭の中には山水画の風景があったと思う」という半藤さんの発言に対して)、山があって、川があって、小さな村があって、その村で童が虫を追っているような、そんな世界にすっと入って、すっと戻ってくるようなアニメーションというのはあるかもしれませんね。

半藤:それこそが桃源郷! 5分間の映像でいいんです。

宮崎:その5分間が大変なんですよ、われわれの仕事は(笑)。まず、漱石の理想郷である山水画を描かないといけない。それが描けたとしても、どうやってそこへ入っていく物語を作ればいいのか……。

半藤:3年後に作ってくれればいいんですよ。

宮崎:いやあ、3年後はまだ今作ってる長編が終わってないでしょうね。宿題に持って帰りますけど、期待はしないでください(笑)。

(構成/編集部・大川恵実)

AERA 2017年12月4日号