都内に住む自営業の男性(51)は、老後資金をためたいと思いはじめた13年春、一本の電話を取った。声の主は、口座を開設している証券会社からだった。

「入社1年目の女性社員から、『色々とご相談に乗りたいのですが』と連絡がありました。私は個人事業主なので年金を増やしたいと思っていた。ひとまず話を聞こうと思って会うことにしたのです」(男性)

 自宅近くの支店に出向いてみると、女性社員はおもむろに金融商品のパンフレットを広げて説明しはじめた。当時、東京と五輪の開催地をめぐって争っていたトルコの経済成長が著しいことを解説し、トルコの通貨リラで新興国に投資をする投資信託を男性に熱心に薦めた。

「月々『毎月分配金』がもらえて、それが150円もありました。銀行の定期預金に預けてもたいした利息がつかないので、魅力的だと思い、結局200万円分購入しました」(同)

●目減りに気がつかない

 購入時の基準価格は約7360円。購入した翌月に受け取った分配金は約4万円。これなら老後も安心と実感したという。

「過去4~5年右肩上がりだったのでまだまだ上がりますよ」という女性社員のセールストークを鵜呑みにしてしまったが、購入したときがピークだった。

 その後、少しずつ基準価格は下がり、その年の10月上旬には約5470円まで下がった。

 ところが男性はそこで、「安いうちに買っておいたほうがいい」と200万円を追加で投資してしまう。

 結局五輪は東京に決まり、後に、トルコの国内情勢が不安定になった。隣国シリアの内戦は激化し、国内でも軍の一部がクーデターを企て政府との軍事衝突が起きた──など想定外の出来事が続き、基準価格は下落の一途をたどり現在は約2200円、分配金は25円に。

「投資信託の仕組みがわからなかったので、トルコの経済成長などいい情報だけを信用してしまった」(同)

 男性の購入した毎月分配型とは、1カ月の運用収益の一部を投資家に還元するもの。だが、専門家は、長期運用を目指すなら買ってはいけない商品だと口をそろえる。なぜか。

 長期投資のメリットは、運用によって生じた利益で、株式や債券をさらに買い増すことができること。投資元本が増えれば、運用益もそれだけ大きくなる。つまり、複利による“雪だるま効果”を得ることができるのだ。だが、毎月分配型は、利益を再投資せずに分配するため、雪だるま効果は得られない。運用益が上がらなかった場合は、元本を取り崩して分配金に回すこともあるという。

「毎月お小遣いのように受け取れることから、年金を補う目的で購入する中高年も多い。利益が出ていると誤解して、資産の目減りに気がつかないケースをよく見かけます」(大江氏)

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