姜尚中「高まる朝鮮有事の危機 今こそ外交の出番」(※写真はイメージ)
姜尚中「高まる朝鮮有事の危機 今こそ外交の出番」(※写真はイメージ)

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 北朝鮮と米国の“口撃”がエスカレートしています。米韓合同軍事演習の終わる8月末から北朝鮮の建国記念日ごろまで、これまで以上に深刻かつ重大な挑発や局地的な衝突がないとは言い切れません。

 ただ、米国の出方を見守るという金正恩氏のメッセージ以降、米国側からも破局的な事態は避けたいとの思惑が見え隠れしています。制御不能の事態が予測されるいま、圧力を維持しつつも、交渉に軸足を移していくべきです。

 朝鮮有事は、ほぼ間違いなく朝鮮戦争を再開させ、想像を絶する犠牲を伴います。日本も甚大な被害を受けることになりかねません。とすれば、ここは強い圧力の意志を表しながらも交渉への扉が開かれていることを明らかにすべきなのに、日本政府からは圧力に前のめりの言動だけが際立ち、交渉への手がかりとなるメッセージはほとんど聞こえてきません。翻ってみれば、危機はいま始まったわけではありません。すでに日本は北朝鮮のミサイルの射程内でした。むしろ、米国が射程内に収まり、ICBM(大陸間弾道ミサイル)が米本土に飛来する可能性が取り沙汰され、危機のボルテージが一挙に上がることになったのです。

 その可能性を確かめるかのように北朝鮮はグアム沖の排他的経済水域にミサイルを飛ばす計画を示唆しました。これに対して日本では、就任早々の小野寺五典防衛大臣が自衛隊による「敵基地攻撃能力」の可能性に言及するなど、攻撃的な防衛戦略が目立ち、外交を先行させるというメッセージがなかなか伝わってきません。北朝鮮の無謀かつ非道な挑発を考えると、強硬一辺倒に傾きがちなことは分からないわけではありません。

 ただ米軍のトップや司令官、防衛局長ら首脳が揃い踏みで「外交措置が先行するべきだ」と断言しているのです。専守防衛を基本とし、平和憲法を擁する日本であれば、もっと外交に重きをおくべきでしょう。危機のボルテージを上げて森友、加計、日報問題の疑惑を相殺したいという「邪推」を払拭するためにも外交の出番をつくるべきです。こと北朝鮮危機では、外務大臣のメッセージが聞こえてこないことが気がかりです。

AERA 2017年9月4日号

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姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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