赤ちゃんが亡くなってから火葬までの限られた時間は、親になるための大切な時間でもある。このときに我が子とどう過ごすかが、その後の親たちの人生に影響する(撮影/植田真紗美)
赤ちゃんが亡くなってから火葬までの限られた時間は、親になるための大切な時間でもある。このときに我が子とどう過ごすかが、その後の親たちの人生に影響する(撮影/植田真紗美)
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子どもを亡くした母親たちがひと針ひと針縫った小さなベビー服。天使になった赤ちゃんはこの服を身に着けて、空に帰っていく(撮影/編集部・深澤友紀)
子どもを亡くした母親たちがひと針ひと針縫った小さなベビー服。天使になった赤ちゃんはこの服を身に着けて、空に帰っていく(撮影/編集部・深澤友紀)

 赤ちゃんの誕生は喜びと慈しみに包まれる大きな幸せだ。だが、悲しい出産の現実もある。たとえ産声があげられなくても、長く生きられなくても、小さな命の輝きは、かけがえのないものだと知ってほしい。AERA2月20日、27日号で反響を呼んだ連載「みんなの知らない出産」をお届けします。

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 赤ちゃんの死に直面した親たちは、深い暗闇の中に沈む。それでも、医療者や同じ経験をした仲間のグリーフケアがそっと背中を押し、前を向いて歩き出すこともできる。

 手術が難しいほどの重い心疾患を抱えながらも頑張って生まれてきた娘に、夫婦は、手術はせず、赤ちゃんらしく抱っこされて穏やかに過ごす人生を送らせたいと願った。

 2004年に神奈川県立こども医療センターで長女・ヒカルちゃんを出産した横浜市の古田忍さん(46)と夫が主治医の川滝元良医師(60)=現・東北大学病院産婦人科=にそう伝えると、NICU(新生児集中治療室)に併設する個室で過ごす時間を設けてくれた。

 代わる代わる娘を抱き、微笑みかけ、温かい時間が流れていく。そこへ、部屋に入ってきた川滝医師が、窓のカーテンを開けた。古田さんはその理由を、娘が生後14時間で亡くなった後に知る。外に出られることはないヒカルちゃんに、空を見せてあげたかったのだ、と。さらに川滝医師は言った。

「人の命は、長さじゃない。密度です」

 その言葉を聞いて、古田さんは、たくさんの愛をもらい、精一杯生きた娘を誇らしく思えた。

●カーテンを開けて空を見せてあげたい

 この思い出を、古田さんは昨年12月に自費出版した『はるかな空』に書いた。横浜市の竹縄晴美さん(50)は本を読んだとき、01年に亡くなった娘の美衣ちゃんが川滝医師の中で生き続けていると感じて、涙があふれた。

 美衣ちゃんは21トリソミーによる合併症のため、同センターのNICUで4カ月半の命を終えた。亡くなる少し前に個室を初めて利用した竹縄さんは、主治医の一人だった川滝医師から、最後にしてあげたいことを聞かれ、「カーテンを開けて空を見せてあげたい」と答えた。NICUは窓が閉め切られ、美衣ちゃんはまだ一度も空を見たことがなかったからだ。

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