神主は食べていけない 末端神主たちの神社本庁への嘆き (5/5) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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神主は食べていけない 末端神主たちの神社本庁への嘆き

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小川寛大AERA
明治神宮の森に面して立つ神社本庁。神社をイメージした建物は、山手線からも見える(撮影/写真部・小原雄輝)

明治神宮の森に面して立つ神社本庁。神社をイメージした建物は、山手線からも見える(撮影/写真部・小原雄輝)

 宗教的にみれば、日本会議の“源流”は「生長の家」である。創始者である故・谷口雅春は、宗教指導者であるとともに、20世紀の日本を代表する保守の政治活動家であった。

 谷口は「天皇国日本」「日の丸か赤旗か」といったスローガンを掲げ、全盛期には100万人超を誇った信徒らを団結させて活発な政治運動を展開した。稲田朋美防衛相や衛藤晟一首相補佐官など、生長の家から影響を受けたと公言する者は多い。

 かつて生長の家が政治活動の中で目指したものは、優生保護法(現在の母体保護法)の改正、つまり人工中絶の規制だった。生長の家の教義とは、谷口雅春の「人間神の子。本来罪も病もない」という言葉に象徴される。生まれてくる「神の子」を人間の都合で抹殺する人工中絶は、生長の家にとって許されざる行為だった。これに制限をかけるため、生長の家の政治部門が動きだしたという背景がある。しかし生長の家がどれだけ強硬にそれを求めても、自民党は日本医師会との力関係から、優生保護法を改正しようとしなかった。自民党への絶望、また自分たちの政治力のなさを痛感させられたこと、それも要因となって83年、生長の家は政治活動から撤退する。

 昨年6月9日、生長の家は7月の参院選において自公の連立与党を「支持しない」と表明した。今も日本会議の中枢にいるとされる生長の家出身者らは、多くが70歳を超える。だが、日本会議に後継者になるような若手の姿がほとんど見えてこない。生長の家の元信者は語る。

「われわれは谷口雅春先生の教えを絶対として、『天皇国日本』を守るため闘ってきた。しかし教団は政治から撤退し、今は安倍政権を支持しないとまで言う。死期まで見えてきたわれわれに、青春を捧げてきた教団による“救済”はどこにもない。雅春先生の思想の片鱗(へんりん)だけでも感じられる日本会議の活動には、少しだけでも心が落ち着くところがあるんです」

 日本会議とは現実政治への真剣な参画活動というより、今は亡き谷口雅春の幻影を追う老闘士たちの、悲しい自己への慰めであるのかもしれない。(一部敬称略)

(季刊「宗教問題」編集長・小川寛大)

AERA 2017年1月16日号


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