おいしさという報酬を求める気持ち。これがもうひとつのやっかいな食欲の正体だ。報酬は、動物の行動にきわめて大きな影響を与える。動物に芸を仕込むときに餌を使うように、もともと食と報酬は非常に強く結びついているものだ。さらに人間の場合は、飽食の時代を迎えたことで、空腹を満たすことよりもおいしさという報酬を得るために食べるという側面がより大きくなっているようだ。

●食べすぎ防止のコツ

 ちなみにこれに関連する脳の仕組みは「報酬系」と呼ばれ、側坐核という部位に関連しているとみられている。

 体に必要なエネルギーを得ることと、報酬としての精神的な満足を得ること。人はどちらか片方だけでは満たされない。両輪が回ってはじめて、健康な食欲、健全な食行動が維持できるのだという。

 それでは、実際の食生活でどんなことに気をつけたらいいのか。食べ過ぎを防ぐために、何をどう脳に感知させればよいのだろうか。櫻井さんによれば、左図のようなコツがある。

 まず、ながら食いをしないこと。食べることに集中しなければ、食べる喜びやおいしさは感じられない。報酬としての満足感を得られないのだ。

 次に、ゆっくり食べることで、血糖値の上昇を脳が感知しやすくなる。早食いすると、脳に情報が伝わる前につい食べすぎてしまう。

●飢餓の記憶は今もなお

 また、よく噛むことは、消化を助けるだけではない。咀嚼しているという情報は、あごの筋肉から三叉神経を通って脳幹に伝わる。するとヒスタミンが分泌されて、食欲が抑制される。

 最後に、水分の重要性だ。胃が空になるとグレリンというホルモンが血液中に分泌される。グレリンは食欲を高める方向で働くのだが、胃が水分で満たされればグレリンの分泌は減る。つまり食欲を抑制することができる。

 櫻井さんが言う。

「生物は長い歴史の中で、ずっと飢えと闘いながら進化してきました。簡単に食べ物が手に入るようになったのは、進化の歴史でいえばごく最近のこと。飢餓の時代に対応するべく作られてきた生体システムが、食生活の変化に追いついていない。無理して食欲をコントロールすることが危険をはらんでいることは知っておいてください」

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