満腹中枢以外に重要な役割を果たしている箇所のひとつが、脳の視床下部の中にある弓状核と呼ばれる部分だ。

 本来、動物の体重や体脂肪量は、ある程度一定に保たれる。ラットに一定期間、強制的に多量の餌を食べさせ太らせても、それをやめればやがてもとの体重に戻る。逆も同じで、餌の量を極端に減らして体重を落としても、また自由に食べられる環境に戻すともとの値に戻るのだ。人間でも同じことだという。

 つまり体重を保つために、脳が食欲を調節している、というのが基本的なメカニズムだ。そのためには、脳はかなり正確に体重を感知しなければならない。その役割に大きくかかわっているのが弓状核なのだ。弓状核では、全身のエネルギー状態を監視している。

「弓状核は、車で例えれば、ガソリンタンクの残量計のようなものです。そしてその情報を脳のさまざまなところに送っている。エネルギーが足りないという情報が、食行動を起こせ、とか、全身の基礎代謝を下げろ、というような指令につながっていきます」(櫻井さん)

 具体的には、レプチンというホルモンの濃度や、血糖値をモニターしているという。レプチンは脂肪から作られるホルモンで、食欲を抑えて代謝を上げる働きがある。体脂肪量をレプチンを介して監視し、食欲を減らしたり増やしたりしている。体脂肪量の変動には数日以上かかるため、ある程度長期の調節といえる。

 それに対して血糖値はもっと短期の調節にかかわる。血糖値は食後数分で変動するからだ。血糖値が上がれば満腹を感じる、というのは有名な話だろう。

 ここまでは、言わば生命維持のための摂食行動に関する仕組みだが、一方で、現代の人間の食欲は、ただ空腹を満たすためだけのものではない。「おなかがいっぱいなのに食べてしまう」という経験がきっと誰にでもあるだろう。

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