海外メディアでは、どちらの主張もまともに受け取るところはない。クーデターの話が脇におかれ、いきなり政治の泥仕合が始まった様相。エルドアン氏がクーデター未遂に便乗して、トルコの司法界、教育界に影響力を持つギュレン運動を排除しようと、なりふり構わず動き出したことは明らかだ。

 7月20日には、3カ月間の非常事態を宣言。「民主主義を守るため」という理由だが、これまでもエルドアン氏の強権的な手法は指摘されてきた。政府に批判的なジャーナリストや文化人を拘束するなど言論弾圧を強め、2013年にはイスタンブールの公園開発に対する市民の反対デモを、治安部隊の出動で強制排除している。

●難民はトルコから流入

 トルコ情勢は、「イスラム国」(IS)絡みのテロや押し寄せる難民に懸念を強める欧州にとっても大きな関心事だ。昨年11月の仏パリ同時多発テロ、今年3月のベルギー・ブリュッセル連続テロでは、トルコ経由でシリアのIS支配地域に入るベルギー人イスラム教徒の存在も注目された。ISテロの防止はトルコとの治安協力が鍵となる。さらに昨年欧州に入った難民の大半がトルコ経由だ。トルコも200万人を超える難民を抱え、情勢が不安定化すれば新たな難民危機を生む。

 クーデター未遂騒ぎ直前の7月14日には、仏ニースでISに影響されたと見られるチュニジア系の男がトラックで群衆に突入するテロがあり、トルコ国内でも、6月28日にイスタンブールの空港で、ISが関係すると見られる自爆テロがあり、44人が亡くなったばかり。

 エルドアン氏としては、こうした危機を乗り切るために、軍と反対派を力で抑え、一気に支配力を強める構えだろう。しかし、民主主義だけでなく、法の秩序からも逸脱する強権発動によって、逆に軍や世俗派の不満、クルド人問題など国内の分裂がさらに噴き出し、情勢が一気に流動化しかねない懸念もある。

 クーデター未遂を受けて危険な賭けに出たエルドアン氏。民主主義の勝利は一転、「独裁の始まり」となってしまうのか──。(中東ジャーナリスト・川上泰徳)

AERA  2016年8月1日号