iPadの導入は大場さんからの提案だった。板書を写すことができない時にカメラ機能を使える、うっかり防止にリマインダーを使える、検索できる漢字アプリなどを駆使すれば、確認作業の時間が短縮できる分、高学年ならではの難しい課題に集中して取り組める……とメリットがいくつも浮かんだ。

 ただし長男が通う公立小では導入の前例がなかったため、まずは希望を何度となく学校へ伝えた。そのうち、特別支援コーディネーターの先生も、メディア導入の先進事例を調べて前向きに検討してくれた。話し合いの席では、大場さんは実際に導入した場合の利点をアプリを使って見せ、「視覚的に、具体的に」学校側に示し、最終的に学校の理解を得ることができた。

 東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授は言う。

「彼らのユニークな生き様や個性を認め、そのよさを殺さないこと。もっと柔軟な教育の選択肢をつくって、彼らに適した学習の機会を与えていくこと。本来はそういうところからイノベーションが生まれるんじゃないかな。発達障害の子たちを『普通にしよう』という発想を捨てないと」

●正解なし、KYで◎

 中邑さんらは、14年から始まったプロジェクト「ROCKET」で、ユニークな教育の実践を行ってきた。全国から集まったのは、発達障害などで学校環境に馴染めず、不登校になったり、いじめにあったりした小・中学生だ。高い知能指数を持ちながらも、字が書けず読めない子、特定の分野に関しては大学生やプロ並みの知識を持っているのに、対人コミュニケーションが苦手な子、さまざまだ。

 例えば、イカを解剖して食べる、「イカスミのパエリアづくり」の授業では、イカのスミ袋を破らずにイカスミを取り出すこと、美しく盛り付けることといった課題を与えた。学校の授業と違い、教科書も時間制限もない。

 正解はなく、空気など読まなくてオッケー。本気じゃなければ叱咤されるが、彼らが否定されることはない。子どもたちの作品は、一つとして同じものはない。

「自分だけが変だとなると 『どうして自分は……』とネガティブ思考になる。だけどこういうおおらかな体験を積むと、『あ、俺、大丈夫だ』という気持ちになるのかな。なかには不登校だったけれど、もう一度学校に通い始めたという子もいる」(中邑さん)

 苦しさを抱える彼らこそが、日本の義務教育のシステムに風穴を開ける存在なのかもしれない。

※この記事はAERA5月23日号から5回にわたり連載している集中連載「発達障害と生きる」の第2回です
AERA 2016年5月30日号