「後半になると、呼吸、疲れ、緊張具合、すべてが変わってくるので、前半とは違うコツが必要になる」(羽生)

 ジャンプとは別に、羽生が自身に課したのは表現力の向上だ。ショートでは昨季と同じショパンの「バラード第1番」を使う。五輪シーズンまで使用した「パリの散歩道」では何度もショートの世界最高点を更新したが、昨季は一度もノーミスがなかった。

「『パリの散歩道』はいま思えば楽でした。ギターやベースなどいろんな音があって、感じたままに滑れば評価してもらえた。でもピアノは違う。去年、ショパンを自分のなかで表現しきれませんでした。シンプルなピアノの旋律に溶け込むような繊細な演技をしたいです」(羽生)

 どんな動きをすればショパンを体現したと言えるのか。羽生は考え続けた。7月のアイスショーで、ピアニスト福間洸太朗の生演奏で滑る機会を得ると、福間の演奏をインターネットで見て間合いを研究した。

「福間さんの指の使い方、身体の動かし方、間合いを見て、ショパンのイメージを作りだそうとしました。まだ自分は、物語がない“無”の状態から感情を生み出し、イメージを持つことができない。振り付けに動かされているという感じです」

 羽生はそう話し、より高い芸術性を求めて試行錯誤を続ける。さらなる高みを目指す、20歳のシーズンが始まる。

AERA  2015年11月2日号より抜粋