担当の菖蒲田は言う。

「いまのマツダの車には、こういう車を実現させたいと奮闘した作り手一人一人の思いがこもっている。性能が良いだけで車が売れる時代ではない。背景にある、関わった人たちの物語が、性能を超えて評価をいただいているのではないか」

 全社一丸となってつくりあげたスカイアクティブ技術と魂動デザインを全面的に採用し、初めて世に問うた車が、12年2月に発売したスポーツ用多目的車(SUV)「CX - 5」だ。当時の社長、山内孝は新車発表のあいさつで胸を張った。

「新生マツダの象徴、私たちの将来を担う重要な車。まさに社運をかけたとも言うべき車です」

●白と黒のコントラスト

 CX―5の開発でチーフデザイナーを務めた中山雅(まさし)さん(49)は振り返る。

「あまりにしんどいので、途中で一度辞表を出した。ネジ以外ほとんどの部品を新たに設計したんですから」

 後に続く新型車に部品や構造を転用できるよう、CX―5には初期段階からあらゆる部分に詳細な検討が加えられた。

「ランプのデザイン一つを決めるだけでも、あちこちの部門の合意が必要で、ものすごく時間がかかった」(中山)

 デザインもゼロから発想し、「スポーティー」と「力強さ」の両立を目指した。

 中山はこんな例え話をする。「スポーティーを黒、力強さを白とする。混ぜればグレー。これまでは白っぽいグレーと黒っぽいグレーのどちらが良いかを議論していたが、グレーはグレー。黒でも白でもない。今回は白と黒を生かしたままコントラストを出すと決めた。どこを白に、どこを黒にするか。デザイナーの頭の使いどころだった」

 基本設計を「これでは両立できない」と白紙にし、試行錯誤を繰り返した。デザインの完成予定日は3~4カ月間遅らせた。その遅れがあったからこそ、CX―5が生まれたのだと言う。

 CX―5は最初の年、当初計画の約3倍も売れた。後に続いた「アテンザ」「アクセラ」「デミオ」といったスカイアクティブ搭載車も多くの賞を取り、販売を伸ばした。2月下旬には新しいSUV「CX - 3」、6月ごろには初代発売から25周年を迎えた「ロードスター」の4代目がラインナップに加わる。

 新型ロードスターのチーフデザイナーも務めた中山が、誇りに思っていることがある。

 通常、新車のデザインは機密漏洩を防ぐため、社内でもギリギリまで明らかにするメンバーを限る。ところが、新型ロードスターのデザインは、生産を開始する1年以上も前に工場の職長らへ示した。実現してほしいことを相談すると、現場から次々とアイデアが出てきた。

「この車を世の中に出したらすごいと思って、みんなが仕事をした。技術者としての生きがいを見つける。それがCX―5の頃から芽生えて、ロードスターで頂点になった」(中山)

 結果的に、新型ロードスターの情報は社外に全く漏れなかった。中山は、社員みんながこの車のことを大事に思っている証拠だと思っている。

(文中敬称略)

AERA 2015年2月9日号