商社なのに「僕を介さずに」 一人メーカーの陰に熱い人材 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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商社なのに「僕を介さずに」 一人メーカーの陰に熱い人材

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 たった一人で製品の企画から製造、販売までやってのけ、「一人メーカー」として商品を世に送り出した八木啓太(30)。発売したLEDデスクライト「STROKE」には、彼の努力と、関わった人の思いが詰まっていた。

LEDライトに関しての事業計画を練ると、1年と1千万円があれば発売までこぎつけられる。退職金を足せば資金の見込みも立った。八木は当時富士フィルムに勤めていたが、2011年1月末に退職。勝負は1年間と決めて、ひとりで起業した。

 新幹線が近くを通るたびに揺れる古い木造アパートの一室が「開発室」になった。設計は順調に進み、3月に入って試作や量産に協力してくれる町工場を探した。前職時代、「独立したら応援する」と言っていた工場も「やっぱり個人とは取引できない」という。そんな矢先、東日本大震災が起きた。流通が滞り、町工場はどこも部品の入手が難しく、計画停電の影響も受けていた。八木が図面を持っていっても、「新しい部品なんて作る余裕はない」と一蹴された。

 このままだと世に出せない。落ち込む気持ちを奮い立たせたのは、大企業を辞めてもう後に引けないという思いだった。

 突破口が開けたのは6月。100社近くに断られ続けた末、インターネット検索で見つけた加工部品を扱う技術商社エムエスパートナーズ(横浜市)の社長の伊藤昌良(43)と出会った。

 伊藤は、すでに飽和状態にある照明の市場で、しかも中国から数千円の安いものが輸入されてくる中、3万~4万円のライトで勝負するなんて、無謀だと思った。だが、八木の本気に触れ、志のある人と町工場が組まない限り、日本のものづくりが成長しないとも思った。

 伊藤はフェイスブックでつながっているものづくりの仲間たちを八木に紹介した。伊藤の会社は商社だ。直接取引されたら儲けにならない。それでも、

「僕を通さず、町工場の人と直接話をしないと八木さんの勉強にならないと思った」(伊藤)

AERA  2014年3月3日号より抜粋


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