OGの寄付きっかけに 慶應大が戦争の記録を検証 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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OGの寄付きっかけに 慶應大が戦争の記録を検証

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1943年11月23日、東京・三田の慶應義塾でも独自の壮行会が行われた。赤れんが造りの図書館脇の正面から塾生らが退出し、近くを行進した(写真:慶應義塾福澤研究センター提供)

1943年11月23日、東京・三田の慶應義塾でも独自の壮行会が行われた。赤れんが造りの図書館脇の正面から塾生らが退出し、近くを行進した(写真:慶應義塾福澤研究センター提供)

 慶應義塾は1858(安政5)年に福澤諭吉が創設し、官学主導の国家体制に抗して自由主義的な自主路線を歩んできた。だが、第2次大戦期の姿については、実はあまり知られていない。

 そこへあるOGから、福澤研究センターで第2次大戦期における義塾の検証をするならば、研究費を寄付すると申し出があった。この人の伯父は義塾から学徒出陣した特攻隊員で、戦死したという。自己検証事業はこうした経緯で立ち上げられた。

 昨年11~12月には三田キャンパスで、自己検証事業の一環として展示会「慶應義塾の昭和十八年」が企画された。出陣学徒の遺品などが展示され、約4千人の参観者があった。

 会場でとくに目を引いた資料の一つは、43年11月10日付の義塾機関紙「三田新聞」だ。そこには当時の塾長で、著名な経済学者である小泉信三氏が、出陣学徒に贈った「征(ゆ)け諸君」という激励文が掲載されている。

<入営の前日に至るまで学問に遊戯に塾生はみな平日と変わることはなかったと塾史に誇りをもって記されるであろう>などとも記されたが、おおむね檄文となっている。

AERA  2014年2月17日号より抜粋


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