有名シェフが料理したその土地の食材と、自然、文化も堪能できる野外レストラン「DINING OUT」。9月14~16日に新潟県佐渡、10月18~20日に徳島県祖谷で開催(撮影/写真部・松永卓也)
有名シェフが料理したその土地の食材と、自然、文化も堪能できる野外レストラン「DINING OUT」。9月14~16日に新潟県佐渡、10月18~20日に徳島県祖谷で開催(撮影/写真部・松永卓也)
BAR NOBU(バーノブ)岡元信之さんテレビディレクターなどを経て、東京・中目黒や青山でバーテンダーとして働く。2005年に石垣島に移住。07年7月に石垣市美崎町に開店。旬の果物や野菜を使ったオリジナルカクテルを提供している(撮影/松永卓也)
BAR NOBU(バーノブ)
岡元信之さん

テレビディレクターなどを経て、東京・中目黒や青山でバーテンダーとして働く。2005年に石垣島に移住。07年7月に石垣市美崎町に開店。旬の果物や野菜を使ったオリジナルカクテルを提供している(撮影/松永卓也)
armoco(アルモコ)鳥飼隆博さん、素子さん東京・広尾などで5店舗の総料理長を勤めていたイタリア料理チェーン店を辞めて、電撃的に石垣島へ移住し独立。店内は2カ月かけて夫婦で改装し、2009年、憧れだった海辺の一軒家レストランを石垣市新川に開いた。イタリア語の「調和」からとった店名には「人間的に丸くなりたい」との意味も。母(写真右)は庭で野菜作りを担当(撮影/松永卓也)
armoco(アルモコ)
鳥飼隆博さん、素子さん

東京・広尾などで5店舗の総料理長を勤めていたイタリア料理チェーン店を辞めて、電撃的に石垣島へ移住し独立。店内は2カ月かけて夫婦で改装し、2009年、憧れだった海辺の一軒家レストランを石垣市新川に開いた。イタリア語の「調和」からとった店名には「人間的に丸くなりたい」との意味も。母(写真右)は庭で野菜作りを担当(撮影/松永卓也)
armocoの料理(撮影/松永卓也)
armocoの料理(撮影/松永卓也)

 東京から飛行機で約3時間の石垣島。八重山諸島の中心でもあるこの島には沖縄県内最高峰の於茂登岳があり、サンゴ礁の海もある。その豊かな自然が育んだ食材に引き寄せられた人たちが、いま全国から島に集まっている。

 「ミントは茎が太くて、葉がシソぐらい大きくなることもあるんですよ。香りが強くてワイルド。日差しや風が強く、雨も多い気候の中で食材の個性も強くなっていくんでしょうね」

 そう話すのは、8年前に東京から島に移住したバーテンダーの岡元信之さん(51)だ。

 独特のミントの風味を生かしたのが、島ミントのモヒート。夏場は地元のマンゴーやパイナップルなどの果物でカクテルを作り、冬場は野菜や芋も使う。アイデアが浮かぶのは、自ら農家を回って材料を仕入れるときだ。

◆かじるカクテル

 東京でも沖縄のフレッシュなフルーツを使っていたが、島で食べるとその甘さに驚いた。仕入れには1、2時間かかるが、市場に出回っていないものを分けてもらうこともあり、新しい発見もある。なにより生産者と直接会って話すことで、新たなカクテルが生まれる。「おいしいから食べてみて」と勧められた黄金芋はモンブラン風のカクテルに。春先は生のトマトを搾って使う。

 今年3月に期間限定で開かれた「DINING OUT YAEYAMA with LEXUS」には、県外からもシェフやアーティストが集い、ガジュマルの木の前で、島の食材を使ったフレンチのコース料理を提供した。岡元さんは料理に合わせたカクテルを担当。「サトウキビのスモークモヒート」はお酒をしみこませたサトウキビをかじって食感も楽しむカクテルだ。

 国内外で移住先を探し、飛行機から見て一目ぼれしたのが石垣島だった。

 「ここにいると毎日、幸福感があるんですよね。空を見上げれば天気がいいな、星がきれいだなと思うし、暑い日は仕事の前に海で泳ぐこともできる。本来は人間ってこうなんじゃないかな。周りに合わせる必要もなくて、ストレスもありません」

 豊かな食材にシンプルな生活。無駄なものをそぎ落とした作り手が、一人ひとりの客を心をこめて迎える。それが八重山食のスタイルだ。

 料理誌の編集者として各地の料理を食べ歩き、高級旅館や料亭のおもてなしを知りつくした中村裕子さん(52)も東京からの移住組。その料理には島の食材への愛情と、食べる人の健康や食べる時間を楽しんでもらうための心遣いがいっぱいだ。

 「料理は素人」からのスタートだが、ランチタイムのカレーはタマネギとトマトをベースに、カボチャやナスなど島の野菜をたっぷり使い、スパイスと塩だけで仕上げる。都心に比べると食育や健康への意識が高いとはいえない島の人たちに、野菜をたくさん食べてほしいとの思いも込めている。

 「編集の仕事をしていた時は読者と直接会えませんでしたが、お店なら消費者と一対一の勝負で、いろんな人と知り合える。コンパクトで助け合いがあって、いい島です」

 予約制の夜のコース料理は、お客さんの好みや食べたメニューをカルテに書き込んで整理し、毎回違うものを味わってもらう。

 「本を作る時と一緒で、口の中の状態を考えながらコースを考えます。刺し身であれば漬けにしたり、なめろうにしたり、昆布でしめたり、切ったままではなく、ひと手間加えて本わさびをする。伝統料理では島の人に負けちゃうので」

◆グアバはマリネに

 島には地元の人でも食べ方がわからない食材が多い。特殊な食材だからこそ、作り手の想像力もかきたてる。

 鳥飼隆博さん(45)の店にも、「食べられるらしいんだけど……」と農家から差し入れがあることは少なくない。青くて甘くないグアバを3キロももらった時は、梨のようなしゃきしゃき感を生かしてマリネにした。持て余しがちなフーチバー(ヨモギ)はペースト状にしてピザ生地に塗って焼いてみると、シナモンのように香り立つ。メニューには地元客でも驚く使い方がいっぱいだ。

 「東京では年中同じ野菜が手に入り、食材に旬がない。ここでは、トマトが輸送で傷つかないように四角くしたりするような不自然なことも考えないし、旬のものをその場所で食べる。ピザは東京で焼いていた時よりもおいしいんじゃないかな」

 東京では温蔵庫で8時間寝かせていたピザ生地の発酵も、島の高温多湿に任せるとおいしくなる。石垣牛は自家製生ハムに。産地によって味や色が違う黒糖は数種類を使い分ける。

 東京で独立を考えていた時、妻・素子さん(39)の妹夫婦が住んでいた石垣島を旅し、3カ月後には移住していた。背中を押したのは、やはり食材の豊かさ。ここならできるかもしれない--そう思った。
 いつも気にかけて支えてくれる島の人たちへの感謝も料理で返していきたいと思っている。

 「島の人たちは迎え入れてくれる懐の深さがあります。これまでに身につけた技術で、島の人に役立つことを自分なりに考えていきたい」(鳥飼さん)

AERA 7月8日号