「もう知らない!」。最後のカードを切ってしまった。自分が家族に必要な存在だと知らしめいたいだけなのだ(撮影/写真部・関口達朗)
「もう知らない!」。最後のカードを切ってしまった。自分が家族に必要な存在だと知らしめいたいだけなのだ(撮影/写真部・関口達朗)

 夫や子どもからのわずかな逃避行──「プチ家出」をしたことがある妻は、珍しくはないようだ。マスコミ勤務の女性(41)は長男が3歳の時、子育てに参加しようとしない夫に業を煮やし、真夜中に家を飛び出した。

「お前が育ててみやがれ!」

 夫は追いかけてこない。よく考えたら、寝ている長男を一人で家に残しては出てこられないのだった。引っ込みがつかず、近所の川沿いのベンチで始発電車を待っているうちにウトウト。蚊に刺されて目覚め、わずか1時間で自宅に戻った。

「子どもを残していくのだけは勘弁して」

 と夫は平謝りだったが、女性は消化不良だ。

「子どもを置いて遠くに行くわけがないと夫が高をくくっていたのが見え見え。結局、出ていったほうが負けなのかも」

「プチ家出」は大人げない行動なのか。仕事や育児、夫婦関係に疲れ果て、何もかも放り出したくなるのはわがままなのか。

 エッセイストの小島慶子さんは著書『女たちの武装解除』で、レストランに夫と息子2人を残して立ち去った経験を書き、「たったこれだけのことでも、気が楽になる」「たまにはグレてみるのもいい」と「プチ家出」を勧めている。しかし、ネット上では同様の家出に関する書き込みに、女性たちから賛否両論のコメントが寄せられていた。

〈面倒をみない夫への当てつけでは。母親の精神衛生上、必要な行動〉
〈たとえ夫がいても、子どもを置いていく行為は間違っている〉

 こうした議論について、甲南大学の高石恭子教授(臨床心理学)は指摘する。

「子どもを置いて母親が出かけることの是非は、世間が議論して決めることではなく、母親とその家族が主体的に選択し、決定することであるべきです」

 子どもを預けて自分の時間を持つことに罪悪感を抱く母親は少なくなく、その上こうした「世間の目」が母親を追い詰めるからだ。ただ、母親が理性や自制心を保てているかどうかは重要なポイントだと言う。

「感情的な爆発や発作的な衝動による『家出』は、子どもに恐怖や不信感を植え付けることになりかねない。大人の事情を客観的に理解できない子どもは、『自分が悪い子だから母親は出ていった』と思い込む恐れがある。母親が一人の時間を持つことと『家出』とは、似て非なることと考える必要があります」

 東京都児童相談センターによると、母親が「プチ家出」をしたとしても、父親など他の養育者がいて子どもの安全が確保されていれば問題にはならないが、子どもが泣きやまず近所から通告があった場合などは虐待の疑いがあるとして指導せざるを得ないケースもあるという。

AERA  2013年8月12-19日号