「何をしでかすかわからない危険な男」。北の指導者への評価は定まった。「正恩体制」が重荷になり始めた中国が視野に置く「望ましい指導者」は誰か。

 東京の夜は更けていた。約束の都内某所で顔を合わせた中朝関係筋が口を開いた。北朝鮮と中国に深く関わり、中朝の権力内部に詳しい、頭脳明晰な人物。日本以外の国に住む。

「ある書類がある。北朝鮮のトップのクビをすげ替える極秘計画書だ。作成は中国共産党。北朝鮮が中国の手に負えなくなり、最高指導者を除去しないと事態は好転しないと共産党首脳が判断したときのために作られた。どう計画を進めるか討議する叩き台のようなものだ」

 作られたのは約15年前という。ちょうど北朝鮮の最高指導者、金正恩(キムジョンウン)第1書記(30)の父、故・金正日(キムジョンイル)総書記が名実ともに権力の頂点に君臨したころだ。そのころ中朝首脳間の不和が取りざたされた。中国の改革開放政策を北朝鮮は「社会主義への裏切り」と非難していた。

 中朝関係筋は話を続けた。

「中国と北朝鮮が、朝鮮戦争以来の『血で結ばれた同盟関係』なんて大ウソだ。確かに北のトップが訪中すれば中国首脳はそれなりのお土産を渡す。だがそれは、かつて中国の歴代王朝が朝鮮半島の王朝に『宗主国としての度量の大きさ』を示すため鷹揚な態度を見せたのと似ている。北朝鮮がいくら蛮行を働いても中国は重油、食糧支援を続けてきた。だが共産党も世代交代が進み、北への態度が相当に変わりつつある…」

 作成からしばらくして「奥にしまわれた」というこの計画書、金王朝を打倒し「統一韓国」への道を開くものではない。首領のクビをすげ替え、「去勢」された「新たな金王朝」のもと中国式の改革開放路線を進ませるためのものなのだ。

 計画書が机の奥から取り出されたかどうかは不明だが、5月15日、ドイツの公共放送系のメディアが、「中国内部の消息筋」の話としてこう報じた。

「中国が、金正恩氏に代え、(金正日氏の長男)金正男(キムジョンナム)氏(42)を新たな指導者に据える極秘計画を準備している──」

 正男氏は正恩氏の異母兄。一時は後継者最有力と言われたが2001年に偽造旅券で成田空港から日本に入国を図り拘束され、国外退去処分にされた。いまは北朝鮮に戻らずマカオや北京を拠点に生活。「中国当局の庇護下」で暮らしている。

AERA 2013年5月27日号